長谷部誠が最後まで貫いたプロフェッショナルな姿勢「サッカーはそんなにうまくいくもんじゃない」
それでもラーションは長谷部やローデの言葉に真剣に耳を傾けていた
引退表明をした記者会見では長谷部がこんなことを話していた。 「僕とローデは同時にやめますし、クラブへのアイデンティティを持った存在が去ることになりますけど、チームには十分にあとを継いでくれるクオリティを持った選手がいます」 ラストマッチ後に長谷部とともに合同記者会見に臨んだローデは1人の選手の名前を挙げていた。 「経験と時間は必要になると思うけど、若くても楽しみな選手はいる。例えばヒューゴは19歳だけど、彼のメンタリティには素晴らしいものがある」 スウェーデン代表MFヒューゴ・ラーションはこの最後の試合で、長谷部とローデと一緒に中盤でトリオを組んでいた。大事な何かが継承された瞬間だったのかもしれない。長谷部は交代でピッチに入るとすぐにラーションと話をしていた。 「他の試合結果で自分たちは引き分けで終わればいいというのはわかっていた。無理して攻める必要もないし、とにかく1点を守ればいいという時間帯だった。相手も無理して攻めてこない感じだったので。今の自分たちの状況をチームメイトにいろいろ伝えて、だからこのままでいいよという話をして」 残り時間はわずか。試合展開も大きく動きそうにはない。雰囲気はレジェンド2人のお別れモードになっている。それでもラーションは長谷部やローデの言葉に真剣に耳を傾けていた。一言も聞き逃さないという感じを受けた。それほどまでに2人はリスペクトされていたのだろう。 試合終了の笛が鳴り、フランクフルトの6位の座が確定となった時、選手からも、スタッフからも、ファンからも、あちこちで喜びの声が上がっていた。長谷部もホッとしたことだろう。 「試合が終わってスタジアム全体でお別れの雰囲気を作ってくれて、そのことは非常に自分としてはありがたかった」 引退セレモニー後に長谷部はそう振り返った。そう、この光景を長谷部は願っていたのだ。コロナ禍で1年間ほど無観客試合が続いているときにこんなことを話していたのを思い出す。 「観客のいないスタジアムは雰囲気も感情もエモーショナルな部分も欠けていると思う。改めてファン、サポーターあってのサッカーだなと日々感じています。僕自身、このチームのファン、サポーターに本当に感謝しているし、このチームのファンだけではなくて、日本のファン、サポーターに感謝の思いを持っている。この1年間にスパイクを脱いだ選手もたくさんいて、でもサポーターに直接さようならを伝えられないという引退を見てきたので……。ファンの前でスパイクを脱ぎたいという気持ちは一つのモチベーションとしてあったのは事実ですね」 その思いは見事に実現した。満員のスタジアムでフランクフルトファンの熱い心のこもった声援と拍手を受けて、長谷部は万感の思いで現役生活最後の挨拶をファンへと送った。選手冥利に尽きるとはまさにこのことではないだろうか。 <了>
文=中野吉之伴