祖国を追われたアスリート「難民選手団」 パリで初メダル目指す
パリ五輪開幕まで1カ月に迫った。国を背負った選手の闘いが繰り広げられるが、それだけが五輪ではない。2016年リオデジャネイロ五輪以来、迫害などで祖国を追われた選手たちは「難民選手団」の旗のもと、メダル争いにもからんできた。平和の祭典である五輪の象徴ともいえる難民選手団。パリでは最多36人が出場し、難民選手団として初のメダルを目指す。 対戦相手は、まさかの同国籍の親友だった。 21年7月、東京大会テコンドー女子57キロ級の予選。ドイツに逃れ、難民選手団として出場したイラン国籍のキミア・アリザデヘゼヌーリンの初戦は、同じコーチに学んだイラン代表選手を下すところから始まった。試合後、キミアは選手とコーチの肩を抱き寄せた。 「母国への思いや恋しさを込めて抱きしめた」と後にインタビューで振り返ったキミア。2回戦では3連覇をかけていたイギリス人選手を下し、4強まで勝ち上がった。 キミアはリオで銅メダルを獲得したイラン女性初のメダリストだ。 「イランは男女平等だ」とする政府のプロパガンダに利用されることが耐えられなくなり、出国。東京大会後はブルガリアの市民権を得てパリ大会には同国代表で出場する。 難民選手団は11年のシリア内戦勃発後に難民が急増したことを受けてリオ五輪で初結成。東京大会では29人が出場し、柔道団体戦で9位など祖国代表よりも優秀な成績を収める選手が続出した。 その成功は、祖国で名を成したアスリートですら迫害から自由ではないことの裏返しでもある。 いまや世界で3000万人を突破した難民の代表として、パリ大会には11カ国を出身とする36人が水泳など12のスポーツで出場。アフリカ・カメルーンから英国に逃れ、同国の女子ボクシングで3度、トップに立った75キロ級のシンディ・ンガンバなどの有力選手がいる。 開幕に先駆け、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)を支援する国連UNHCR協会は東京大会での難民選手団の活躍を追ったドキュメンタリー映画「難民アスリート、逆境からの挑戦」を30日までオンラインで公開している。(荒船清太)