人生の「道の曲がり角」で読みたいモンゴメリ『赤毛のアン』シリーズ
『赤毛のアン』のエピグラフ、献辞、物語
『アン』のエピグラフは次の二行です。 〈 あなたは良き星のもとに生まれ 精と火と露(つゆ)より創(つく)られた ブラウニング〉 19世紀英国の詩人ロバート・ブラウニング(1812~89)の詩「エヴリン・ホープ」(1855)からとられています。 この二行の意味は、主人公のアン・シャーリーが幸せを約束された良き星のもとに生まれ、豊かな精神、炎の情熱、朝露のごとき純真さから創られたというものです。 この小説の最後にアンが語る「神は天に在(あ)り、この世はすべてよし」(第38章)は、ブラウニングの劇詩『ピッパが通る』(1841)のなかの「朝の詩(うた)」の二行です。つまり『アン』はブラウニングの詩に始まり、ブラウニングの詩に終わります。 献辞には、「この本を、今は亡き父と母の思い出にささげる」とあります。 モンゴメリが2歳になる前に、母は病気で若くして世を去り、モンゴメリ24歳のときに、父もカナダ中西部サスカチュワン州で他界しました。『アン』が刊行されたとき、両親とも故人であり、モンゴメリは、初めての本を最愛の亡き父と母に捧げたのです。モンゴメリは『アン』の単行本が手元に届いたとき、日記に書いています。 [ああ、両親が生きてさえいれば、喜んで誇りに思ってくれただろうに。お父さんの瞳がどんなに輝いたことだろう!](1908年6月20日付) 『アン』の物語は、両親を亡くしたアンが、11歳の6月、カナダ本土のノヴァ・スコシア(新スコットランド)からプリンス・エドワード島にきて、アヴォンリー村にあるグリーン・ゲイブルズという農場にひきとられ、マシューとマリラの愛情、親友ダイアナの友情に恵まれ、美しい自然のなかで、すこやかに育っていく成長を描いた長編小説です。 最初は、子どもらしい滑稽(こっけい)な失敗をしていたそそっかしくて、やせっぽちで、想像力豊かで、可愛らしいおしゃべりをしていた幼いアンが、聡明で、明るく、独特の魅力をたたえた愛情深い娘に育っていきます。 また、それまで世間も狭く孤独に生きてきた60代のマシューと50代のマリラが、アンを育てることで、子どもを愛する喜び、子どもに愛される幸せを初めて知り、心の奥ゆき深い幸せな人物へ変わっていく大人の成熟も描かれます。 小説の後半で、アンは最愛の家族を喪(うしな)います。その悲しみのなか、自分の将来とグリーン・ゲイブルズ農場のゆくすえを真剣に考え、大きな決断をして、人生の「道の曲がり角」をむかえます。 アンはマリラに言います。 〈「今、その道は曲がり角に来たのよ。曲がったむこうに何があるかわからないけれど、きっとすばらしい世界があるって信じていくわ」第38章"Now there is a bend in it. I don’t know what lies around the bend, but I’m going to believe that the best does."〉 私たちは誰も人生の未来を見ることはできません。しかし人生の道の曲がり角のむこうに最高のものが待っている、そう信じて生きていく心に幸せが訪れる。これはモンゴメリから私たち読者への励ましと愛に満ちたメッセージです。 最後にアンは、赤毛をからかった同級生の少年ギルバートが自分を犠牲にしてアンを助けてくれたことを知り、頬をそめて彼に感謝を伝え、握手をして語り合います。『アン』は、若い二人のさわやかな友情と青春が始まる予感とともに幕を下ろします。
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