『シーズ・ソー・ラヴリー』クレイジー・フォー・ユー、ジョン・カサヴェテスへのラブレター
クレイジー・フォー・ユー
10年後、モーリーンはジョーイと三人の娘たちと結婚生活を送っている。ブロンドだった髪の色はブラックに変化している(逆にエディがブラックからブロンドヘアになる)。ジョーイを演じるジョン・トラボルタはジョン・カサヴェテスの映画の大ファンだったという。モーリーンが落ち着いた性格になったわけではないのは、両親が口喧嘩するときの娘たちの反応から理解できる。娘たちは少し大人びている。そして突然目の前に現れたエディを嫌悪するどころか興味津々だ。少しイケてる大人が家にやって来てワクワクしている。長女はエディの収容中にモーリーンが生んだ実の娘だ。 ジョーイは出所したエディを家に招く。決着をつけるために。しかしエディは『卒業』(67)の主人公のごとくモーリーンを連れ去るつもりだ。エディと長女のやりとりに、息子をラスベガスのホテルに置いてきぼりにした『ラヴ・ストリームス』(84)のジョン・カサヴェテスの姿が重なる。完全に間違っている。エディは自身もまだ子供ゆえ、子供との接し方がよく分からないのだ。それにも関わらず、大人びた長女は、モーリーンだけを連れ去ろうとするエディに理解を示す。ある意味、9歳の長女は大人たちよりずっと大人だ。ジョン・トラボルタの演技は、この奇妙な修羅場におけるジョーイの矛盾する感情、整理のつかなさをコミカルに、且つ的確に示している。エディの友人ショーティを演じるハリー・ディーン・スタントンは、アウトローの先輩のような風格で、この映画全体の守護天使のように恋人たちを見守っている。 二人の未来は分からない。エディは捨てられ、モーリーンは子供たちの元に戻るかもしれない。二人の間には、いまこの瞬間を失うことへの恐怖だけがある。だから恋人たちはお互いの顔面を食べるようにキスをする。この瞬間を確かなものとするために。本作において瞬間とは、どうあがいても手につかめないファンタジーのことであり、ただただ愛のことにほかならない。騒々しさから静けさへ。二人のトゥルー・ロマンスは、ほのかに笑みを浮かべながら見つめ合う時間にしか生まれない。その瞬間、『シーズ・ソー・ラヴリー』は正しさを無効化する。クレイジー・フォー・ユー。ニック・カサヴェテスとショーン・ペンはこの作品を撮ることで、ジョン・カサヴェテスからの愛を静けさの中に返したのだ。 *[Sean Penn: His Life And Times] by Richard T. Kelly 文: 宮代大嗣(maplecat-eve) 映画批評。「レオス・カラックス 映画を彷徨うひと」、ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、リアルサウンド、装苑、otocoto、松本俊夫特集パンフレット等に論評を寄稿。 (c)Photofest / Getty Images
宮代大嗣(maplecat-eve)