温泉旅館一棟借りアイドルライブ 老舗旅館が閑散期に仕掛けた集客策
静かな温泉街にある温泉旅館から、似つかわしくない重低音の音楽が漏れ出る。福島県いわき市の温泉旅館「いわき湯本温泉 旅館こいと」で開催されたアイドルイベント「エクストロメ!! presents トロメ~湯」だ。イベント開催時には、温泉旅館の閑散期にもかかわらず延べ500人を超える観客が訪れた。なぜ首都圏から3時間もかかる温泉地でわざわざ開くのか。そこには、東日本大震災と新型コロナウイルス禍を経た地方温泉旅館の生き残りに懸けた戦略があった。 【関連画像】アイドルライブの舞台となった、旅館内にある90畳の大宴会場。大音量の音楽と共に、100人以上の観客の歓声が飛び交った 温泉旅館の宴会場に流れる大音量の音楽。ステージ上ではアイドルが歌い、浴衣を着た100人以上の観客が歓声を上げながら飛び跳ねる。老舗温泉旅館からは想像もできない光景が繰り広げられた――。 福島県いわき市常磐湯本町は、東京から電車を使って約2時間半で行ける温泉街だ。いわき湯本温泉は1600年以上の歴史を持ち、有馬温泉、道後温泉と並んで日本三古泉にも選ばれている由緒ある温泉街である。 この老舗温泉街の一角に軒を構える「旅館こいと」は、他の温泉旅館とは異なる一面を持っている。それはサブカルチャーとの密接な関係だ。 こいとの「若旦那(取締役)」である宗像達應氏は20代前半、生まれ育った旅館を出て、東京で音楽関係の仕事に就いていた。もともと音楽が好きで、自身も元バンドマン。バンドをしながら、ライブハウスの従業員などに従事していたところ、25~26歳の頃に「人手が足りないので戻って来てほしい」と実家から声がかかり、いわきに戻ることを決心した。 そこで目にしたのは、食事は朝食のみ、宿泊客はただ泊まるだけという「温泉付きビジネスホテル」に変貌した旅館の姿だった。こうした旅館のスタイルは、東日本大震災以降、次第に増えてきたが、新型コロナウイルス禍がさらにそれを加速させた。 宗像氏はビジネスホテル化した旅館に活気を取り戻すべく、音楽関係の仕事の経験を生かした改革に取り組んだ。1階にあるバースペースを利用して、月に2~3度、アマチュアやプロのバンドを招いて演奏会を開くようになった。 ●SNSでの問い合わせを機にコスプレーヤーの聖地に そんな中、ある日SNSを通じて、地元のコスプレ愛好家から問い合わせを受ける。それは、「旅館の中でコスプレして、撮影することは可能か」という趣旨の問い合わせだった。 当時、宗像氏はコスプレという文化をほとんど理解していなかった。ただ、ジャンルは異なるものの音楽の仕事を通じてサブカルの世界になじみがあったことから、「他の宿泊客の迷惑にならなければ」と受け入れた。 そして、この宿泊客のSNSでの発言がバズった。内容は「この旅館、コスプレの撮影ができるって!」というもの。普段から撮影場所に苦労していたコスプレーヤーからの反応は想像以上に大きなものだった。 そこで宗像氏は、「オタクに優しい宿」として、「コスプレーヤーの皆さん、応援しています」とSNSを中心に旅館こいとを売り出し始めた。 コスプレは撮影と準備に適切な場所と時間が必要になる。撮影場所と着替えなどの準備をする更衣室の両方を兼ね備えた温泉旅館は、彼・彼女らにとって最適なロケーション。まさに、こいとはコスプレーヤーにとって「泊まれる更衣室」と呼べる存在になった。 ●アイドルライブで閑散期に500人超が来場 そのこいとが次に仕掛けたのがアイドルライブだ。90畳の大宴会場をライブ会場として貸し切りにしたイベント「エクストロメ!! presents トロメ~湯」を2023年10月28~29日に初開催。2日間で11組のアイドルグループが出演した。 この第1回の好評を受け、24年4月6~7日には第2回のトロメ~湯を開催。さらに規模を拡大し、きのホ。、situasion、BELLRING少女ハート、RAYなど、計14組のアイドルグループに加え、地元のダンスチームも出演。第2回のトロメ~湯には2日間で延べ530人が訪れた。1日あたり200~300人が湯本町を訪れたことになる。 4月は温泉旅館にとって閑散期。一般的には宿泊客が見込みにくい時期に、大幅な集客貢献につながった。その集客力に宗像氏は「ふたを開けたら結果的に『地方創生』につながったのは理想的」と驚きの声を上げる。