かつて「金」は「銅」を意味する漢字だった…漢字のルーツをたどると見えてくる「漢字と部首」の奥深い世界
■「金」はもともと「銅」を表す文字だった 「金」は、今で言う「金(gold)」ではなく、本来は銅を表す文字だった。古代中国では、紀元前2千年ごろに青銅器の大量生産が始まり、紀元前5百年ごろまでは最も貴重な金属とされていた。 より古い時代に「銅」の意味を表していたのが「呂(⑩)」であり、二つの銅塊を表現した象形文字である。その後、西周代に、⑩の略体としての二つの小点に、意符としての「土」と声符としての「今(きん)」の略体(省声)の形を重ねて加えた⑪が作られた。 その異体字には、点の配置を変えた⑫があり、これが楷書の「金」に継承されている。楷書では、偏の位置でやや変形して金偏(かねへん)になる。 意味にも変化があり、戦国時代になると最も高価な金属として金(gold)の加工技術が普及し、「金」はその意味に使用されるようになった。そして「銅」については呼称が変わり、「同(どう)」を声符とする「銅」が作られた。 なお、初文の「呂」は「背骨」の意味に転用され、「銅」の意味では使われなくなった。経緯は明らかではないが、「背骨の並んだ形」と解釈されたようである。 ■「銭」は農具の一種を表す文字だった 「金」は、部首として広く金属に関係して用いられており、「鉱[鑛]・鋳[鑄]・錬[鍊]・錆(さび)」などの例がある(それぞれ広(こう)[廣]・寿(じゅ)[壽]・柬(かん)・青(せい)[靑]が声符の形声文字)。 金属の名を表す文字にも使われ、「銅」のほか「銀」や「鉛」などがある(それぞれ艮(こん)・㕣(えん)が声符の形声文字)。金属製品を表す文字にも多く見られ、「鍋・鏡・鈴・鐘」などがある(それぞれ咼(か)・竟(きょう)・令(れい)・童(どう)が声符の形声文字)。 意味が変わった文字として、例えば「鎮[鎭]」があり、「金属製のおもし(文鎮など)」が原義だが、そこからの連想で「しずめる(鎮圧など)」の意味になった。また「銭[錢]」は、「金属製の耒(農具の一種)」が原義だが、戦国時代に銅貨が普及し、黄河中流域では農具を模した形が流行したため、「ぜに」の意味になった(それぞれ真(しん)[眞]・戔(せん)が声符)。 「鋭」と「鈍」は、「切れ味が鋭い刃物」と「切れ味が鈍い刃物」の意味であり、いずれも一般化して「するどい」と「にぶい」の意味になった(それぞれ兌(えつ)・屯(とん)が声符の形声文字)。意味が変わっても対義語の関係が残っている珍しい例である。 ---------- 落合 淳思(おちあい・あつし) 立命館大学白川静記念東洋文字文化研究所客員研究員 1974年、愛知県生まれ。立命館大学大学院文学研究科史学専攻修了。博士(文学)。専門は甲骨文字と殷代史。主な著書に、『甲骨文字辞典』(朋友書店)、『漢字字形史字典【教育漢字対応版】』(東方書店)、『殷 中国史最古の王朝』『漢字の字形 甲骨文字から篆書、楷書へ』(以上、中公新書)、『甲骨文字の読み方』(講談社現代新書)、『古代中国 説話と真相』(筑摩選書)、『部首の誕生 漢字がうつす古代中国』(角川新書)がある。 ----------
立命館大学白川静記念東洋文字文化研究所客員研究員 落合 淳思