自衛隊「職務中の死亡事故」はなぜ止まらないのか?4月のヘリ墜落で8人死亡、背後に潜む人災の実態とは
現場任せの危険性
だが、これは現場に責任を押し付けているだけではないか。 他国の軍隊では、射撃訓練の際に教官が不測の事態に備えてヘルメットや防弾ベストを着用しているが、これがなかった。また、救急車も用意されておらず、衛生支援計画も立てていなかった。このような安全措置をとっていれば、 「助かる命」 があった可能性が高い。陸幕はこうした基本的な安全対策を怠ってきたといえる。 これらの事案に共通しているのは、現場だけを見て、 「現場に責任を押し付けようとしている」 点だ。事故の直接的な原因だけでなく、その「川上」に構造的な問題が存在しているにもかかわらず、それを無視している。これを直視すると、組織全体の見直しが必要になるからだろう。 さらにさかのぼると人員不足の問題もある。部隊や各種機関では充足率が非常に低い状態だ。人員が不足し、長時間労働を強いられる現場も多く、疲労が蓄積したり、目が届かずにミスが多発したりするのは当然のことだ。 事故を起こした海自の護衛艦搭載ヘリのクルーになるのは非常に難しい。海上の揺れる護衛艦からの離着艦、特に夜間や悪天候での離発着は厳しい。さらに、狭い艦内での長期の勤務に耐える必要もある。このため、地上のヘリ部隊よりも厳しい適性が求められる。その艦載ヘリのクルーも不足しており、現場にかかる負担は大きくなっている。
医官不足で部隊崩壊危機
海自では、イージス艦の乗員は6割程度しかいない。乗組員の負担を軽減するために、もがみ級では本来3隻に4組のクルーを用意する予定だったが、実際にはそれが実現していない。 筆者は、会見で当時の酒井海幕長や木原大臣にその理由を尋ねたが、回答は得られなかった。陸自の北部部隊では、定員の約45%しか充足されていない部隊もあり、その結果、部隊としての機能が崩壊している。 医官についても、部隊の医官の充足率は2割強にとどまり、護衛艦や潜水艦には本来定員としている医官が乗り組んでいない。例外は海外派遣の場合のみで、航空医学や潜水医学といった自衛隊にとって重要な専門分野の医官は現在ひとりもいなくなっている。 こうした状況に嫌気がさして自衛隊を去る隊員が非常に多い。組織の問題点や改善点を指摘すると、 「危険分子」 としていじめやパワハラ、セクハラの対象になることがある。それを理由に辞めようとすると問題視されるため、辞職理由を 「一身上の都合」 とする。だから防衛省は、大量に隊員が辞める理由を把握できていない。財務省から指摘されて渋々対策を講じるが、効果は上がっていない。 その結果、残された隊員にはさらに負担がのしかかる。殉職事故の背景には、この 「病んだ組織文化」 があるのではないか。殉職事故を防ぐためには、その現場の原因だけでなく、背景や根本的な問題をしっかりと把握し、真摯(しんし)に反省することが重要だ。
清谷信一(防衛ジャーナリスト)