<侍JAPANの井端監督も>「みるみるうちに痩せていく」「入学式前に1/4以上が辞める」…二人の大物OBが振り返る「日本一厳しい亜細亜大野球部」での「プロになれた分岐点」
鳴り響く救急車のサイレン音
与田 時間も長いから正座もきつかったですよね。 阿波野 僕らのころは練習中に水を飲んではいけない時代。それなのに夏に練習が終わってから指導をずっと受けていると冷や汗がボトボト落ちるんだよね。 与田 冷房もないですし。 阿波野 畳がビチャビチャになる。みんな、そういう状態でやっているから意識が朦朧としている者もいたと思う。それで「ちょっと前に出てこい!」と言われても、すぐに動けない。足もしびれているしね。それでまた怒りを買ったりする。1年生が気を失ったりして救急車で運ばれることも、ときどきだけどあった。 もちろん指導が入るのは毎日というわけではなかったけど、僕らの代は入学式の前にやめていく者も多かったし、最初40人くらいいたけど4月までで十数人いなくなった。 与田 僕らも同じような感じでしたね。 阿波野 やめ方は僕らのときは“朝逃げ”だったけど、どうだった? 与田 脱走は朝でしたよね。 阿波野 普通は夜逃げなんだろうけど、電車の終電がすごく早いところに寮があるから、終電に乗ろうとすると、まだみんなが起きている時間に出て行かなきゃいけない。だから、朝イチでやる。東京駅方面に向かう始発は早いんだよね。4時何分とかだった。だから朝、起きたら「うわ、いなくなった」って。そうなると、その人が受け持っていた仕事は残った部員でやらなきゃいけなくなる。 与田 だから、誰かが辞めるたびに「俺はああならないぞ」って。 阿波野 辞めた人も同期を裏切ってしまったみたいな気持ちもあるんじゃないかな。荷物はあとで親御さんが取りに来たりする。 与田 続けていくための次の大きな山場が7月ですよね。
立川駅のホームのベンチで逡巡
阿波野 春のリーグ戦が終了して前期のテストを終えると「解散」と言って、2週間くらい寮を出て地元に帰れる。高校はちょうど甲子園の予選が始まるとか、始まったくらいの時期で、母校に恩返ししなさいということで手伝いに行くんだよね。 そこで高校の後輩たちの進路の相談に乗ったり、亜細亜はこういう大学だぞと伝えたりもする。うちの高校は公立で、高校以降も野球を続ける人自体がほとんどいないんだけど、僕のときはもう1人、一緒に亜細亜に入った同期がいたの。でも、その彼は厳しさに耐えられずにすぐに辞めてしまった。 だから、「亜細亜でやりたい」という高校の後輩が出てきたときの道だけは残しておきたいという気持ちが強くあって、「辞めちゃいけない、辞めちゃいけない」とずっと言い聞かせながらやっていた。それは続けていく上で一つの支えになっていたね。でも現実には僕のあとに亜細亜に入った後輩はいないんだけど。今のところ僕のときが最初で最後。 与田 実はうちの高校も僕のあと、亜細亜に入った後輩はいないと思います。 阿波野 有名な強い高校だし、大学や社会人で続けている人も多いからいてもよさそうだけどね。 与田 以前の監督ですけど「今のウチには亜細亜で耐えられるヤツはいない」というのはよくおっしゃっていました。 阿波野 そうやって母校に顔を出す時間もあるけど、地元に帰れば友だちと遊んだりもする。みんなは普通の大学生で、夜はカラオケに行ったりとか、楽しい日々を送る。そうなるともう寮に戻りたくなくなっちゃう。 与田 はい。実際、帰ってこないのが何人もいる。一般入試で入る子はそうはいなくて、推薦やセレクションで選ばれた人がほとんど。それでも辞める人は多かったですよね。 阿波野 特に1年生。2年生になると、もう寮則に慣れているし、下に1年生がいると仕事もだいぶ楽になる。 与田 僕は実家が千葉だったので東京駅に出て、そこから立川駅に着いて乗り換える電車を待つ。ここが大きな分岐点なんですよね。 ほかに乗り入れている線もあって、駅のホームのベンチにはだいたい同級生も座っている。腰を上げられずジッとしている。電車が来ても乗れないでいる。東京駅で反対のホームに行けば千葉に帰れる。立川駅でも上り電車に乗れば東京駅に戻れる。みんな逡巡しながらも寮に向かって足を踏み出している。
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