うちの会社、いくらで売却できる?オーナー経営者が「好条件」でM&Aするための“株式評価手法”【専門家が解説】
中小M&Aにおけるマルチプル法の課題
ここまで見てきたマルチプル法は、計算方法がシンプルでわかりやすいという利点がある一方で、算定において採用する類似企業の選定が難しいという課題があります。そのため、試算結果はあくまでも参考値として利用するのがよいでしょう。業界やビジネスの十分な理解がなければ、まったく類似といえないビジネスモデルの企業などを採用してしまい、試算結果も意味がないものになってしまいがちです。 最近では、FAはもちろんのこと仲介会社においてもマルチプル法が採用される場合があるようですが、中小企業のM&Aを支援する業者においては類似企業の選定をしっかり行える人材が少なく、計算のクオリティに疑問が残るケースが少なくありません。
ディスカウント・キャッシュ・フロー(DCF)法
営業資産が生み出す将来キャッシュ・フローを評価の基礎とする方法を、インカム・アプローチといいます。買い手が意思決定を行う際にも採用する代表的なインカム・アプローチがディスカウント・キャッシュ・フロー(DCF)法といわれるもので、将来キャッシュ・フローを現在価値に割り引いて事業価値を試算します(非常に専門的な内容になるので、本稿では詳細を割愛します。DCF法に関する専門書はたくさん出ていますので、関心のある方はそちらをご参照ください)。 DCF法は理論的に優れた方法ではあるものの、将来キャッシュ・フローの見積もりや割引率の計算は非常に難易度が高く、経験を積んだ専門家でないと試算が困難であるというデメリットがあります。初見のユーザーにとって理解しづらいというのも大きな欠点といえます。M&A仲介サービスにおいてDCF法はほとんど採用されていません。 一方、顧客の利益追求を役割とするFAサービスにおいては、売却対象事業の将来性を買い手の評価にしっかり織り込んでいきたいケースなどでDCFの採用を検討することがあります。キャッシュ・フローの見積もりにあたっては、精緻な事業計画があることが前提となりますが、多くの中小企業においてはそうした計画が存在しません。DCFを採用する場合にはFAが事業計画の策定から顧客を支援することになります。以下、当社の直近の支援案件においてDCF法を活用した事例を紹介します。 ---------------------------------------------------------------------- 〈A社のケース〉 専門小売企業であるA社のオーナーは80歳を迎え、事業承継を検討していました。 対象事業はコロナ影響から回復しきっておらず、直近の業績は赤字でした。一方で商品ブランド価値や商品開発力など高く評価されるものを持っていました。A社オーナーとしては、収益性を改善させ、事業をさらに発展させるために資本力のある大手企業への参加入りが有力な選択肢と考えていました。 そこで当社は、こうした強みを訴求した成長ストーリー、事業計画の策定をご提案。対象事業が持つ将来性をしっかり買い手に評価してもらえるような準備を整えたうえで買い手へアプローチを進めることとしました。事業計画においては、A社が本来有する商品ブランド価値や商品開発力を生かした今後数年間の具体的な施策と、それによる収益改善を数値に落とし込むことで、対象会社の価値をアピールしました。 最終的には、限定オークションを通じて買い手の競争環境を醸成し、希望する価格での譲渡を実現することができました。オークションの威力はもちろんですが、本件においては買い手に対象事業の価値を訴求するための下準備を徹底したことが成功をもたらした事例といえます。 ----------------------------------------------------------------------