クマと人が共生する道。今、私たちにできることとは
人間の領域とクマの領域。不運な衝突を避けるために
環境省は2024年2月、ヒグマとツキノワグマを「指定管理鳥獣」に追加することを発表し、保護から管理へと方針を変えた。クマが「指定管理鳥獣」になったことで、自治体は捕獲を行う際に国から財政的支援を得られるようになった。クマ被害が増える昨今、状況によってはクマの捕殺がやむを得ない場合もあるだろう。一方で、シカやイノシシと比べて繁殖力の低いクマに対する過度な捕獲を続ければ、個体数が極端に減ってしまう懸念もある。クマと人とが共存する未来について、吉田さんの思いを聞いた。 「2023年の夏に羅臼に行ったとき、スーパーで爆竹を購入しようとしている女性に偶然出くわし、人里に若いクマが出たと聞きつけました。トラックに積んでいたつぶ貝のにおいにつられて出てきたそうです。地元の人が夜通し爆竹で追い立てても逃げず、結果的にその若いクマは捕獲されてしまいました。そういう話を聞くと、やはり心が痛みます。とはいえ、駆除せざるを得ない状況だった。地元のハンターの方がたも、自分たちの生活圏を守るために日々命がけで仕事に取り組んでいらっしゃいます。 人間には守るべき領域がある。クマはクマで、空腹になったら食べ物を探しに人間の領域に入ってくる。そこで不運にも衝突が起きてしまうことがある。近年はとにかくクマの数が増えており、2023年は羅臼町でも過去最多数のクマが捕獲されました。クマを管理することは重要だと思いますが、一方で人を狙いにきているわけではないことも事実です。RTのプロジェクトは今後も続けていくつもりなので、自分なりの方法で、共存の道を探っていきたい。常に自問自答しながら、慎重に考えていきたいと思っています」
人間と野生生物のより良い関係を目指して
吉田さんは、野生動物と人との“衝突”を別の切り口から伝えるプロジェクトにも取り組んでいる。最新作では、多くの観光客や登山客が集まる富士山麓で、ロードキルに遭った野生動物にフォーカス。人によって引き起こされた生き物の死をテーマにした写真展「日目」が、都内のギャラリーLAG(LIVE ART GALLERY)で開催されている(2024年7月6日まで)。事故死した生き物たちの姿は、銀メッキをほどこした銅板に像を焼き付けるダゲレオタイプという古典技法で表現した。 「ダゲレオタイプを採用したのは、動物の亡骸に目を背けず、直視してもらうためです。銀板写真のフィルターがかかることで、生々しさを消すことができました。また、作品を見るときに自分の姿が映り込むのですが、それによって私たち人間も自然環境の一部であることを意識してもらえればと思っています。 人間の交通量と比例して、ロードキルの件数も増加していますが、死亡事故に遭った動物の多くは路上に放置されたままです。事故が起こらないために、私たちはどうするべきなのか。例えば道の脇にシカがいたら、その後ろには5、6頭ファミリーでいることが多いので、そういった動物の生態を知ることもすごく大切です。また、事故が起きてしまったときには警察や道路管理者に報告したり、後続車両にひかれないために措置をとったりなど、放置するのではなくきちんと対処をするべきです。今回の作品を通じて、そういったことに少しでも意識を向けてもらえたらうれしいです」 吉田さんが撮影する野生生物の写真は、どれも気高く美しい。生き物の死をまざまざと見せつけながらも、そこには「かわいそう」という言葉を超えた、確かな尊厳が宿る。人も動物も命に価値の差はない、という揺るぎない姿勢を貫く吉田さんだからこそたどり着いた、唯一無二の写真表現なのだろう。人間と野生動物とが適切な距離を保ち、不幸な衝突を防ぐために、一人ひとりが当事者意識を持ち、自然界への理解を深め、行動する必要がある。過度な恐怖心を植え付けるような報道をそのまま信じ込み、思考停止してはいけない。生き物を通して人の姿をも映し出す吉田さんの作品が、そう痛烈に語りかけてくる。
吉田多麻希 写真展「日目」
会期:2024年6月11日~7月6日 場所:LAG(LIVE ART GALLERY) 住所:東京都渋谷区神宮前2-4-11 Daiwaビル1F 営業時間:13:00~19:00(日曜・月曜・祝日は休館) photography: Sachiko Saito(portrait) interview&text: Eimi Hayashi