父の死後に本当の地獄が待っていた…森永卓郎さんが「あれは大失敗だった」と話す"相続税の落とし穴"
■計画性がないと相続税負担はどんどん増えていく 介護施設に入所してからの費用は、父も納得のうえで本人の口座から引き落とすことになった。 当時、私が把握していた父の預金口座は、引き落としに使っていた一つだけだったが、当然のごとくその口座に入っていたお金はひと月ごとに減っていき、やがて底をついた。 父に「他に預金はないの?」と尋ねたところ、「あるよ」という返事だったので、「幾らあるの?」と訊くと、「たくさんある」と言う。 ところが「その通帳はどこにあるの?」という私の問いかけに対しては、「それは分からない」と答える。何度質問しても同じ答えだ。 そこで単刀直入に「施設の費用の支払い期限が迫っている。このままだと支払いが焦げついちゃうよ」と伝えたところ、「卓郎、お前はいっぱい稼いでるんだから、とりあえずお前が払っておけ」と言い出した。 結果として私は、父の介護施設に払う月額30万円と、リネン費、インターネットの接続代や新聞代などを含めた月額40万円から、多い時で50万円もかかる費用を延々と払い続けることになったのだ。 どんぶり勘定で記録をしていなかったため、父に幾ら私財を投じたのか正確なところはわからないのだが、父の介護が始まってから亡くなるまでで、私の負担はおそらく数千万円に達していたと思われる。 そのことで相続財産が数千万円余分に計上され、それが相続税の金額にも反映された。本来払わなくてもよい税金を支払う羽目になったのだ。 死んだあとでは遅い。 生きているあいだから計画的に対策を進めなければ、相続税負担が、どんどん水ぶくれしていってしまうのだ。 ■10カ月にわたって続く相続地獄の切り抜け方 2011年に起きた東日本大震災の直後に父は他界し、同時にそこから10カ月にわたって続く相続地獄が幕を開けた。 遺産分割協議や相続税の申告は、故人の死亡届けを提出してから10カ月以内に完了しなければいけないと法律で定められている。 1年近くも猶予があるのかと思ってしまいがちだが、10カ月はあっという間に過ぎていく。なにしろ、膨大な手続きが必要なうえに、一つひとつに信じられないほど時間がかかる。 しかも並行して行うことができず、一つクリアしたら、それを持って役所へいって手続きを進めるという具合で牛歩も甚だしいのだ。 ただ私は当初から期限を強く意識していた。 申告期間の10カ月を超過すると、脱税で立件されるケースがある。経済アナリストという肩書で仕事をしている立場上、脱税で捕まるなどという失態は許されない。 そんなことになればお金のスペシャリストとして呼ばれるテレビやラジオの出演や講演、経済学部の教員の仕事は奪われてしまうかもしれない。私はあせっていた。 ちなみに私は節税しようとは、はなから考えていなかった。親から相続するお金は、いわばあぶく銭だと考えていたからだ。 余談になるが、結果的に私は父から相続した資産を弟と折半した。 父の介護にかかった金は差し引いたうえでの折半を求めることもできたが、あえてそうはしなかった。 領収書をとっていなかったので、証拠がないし、天から降って来たようなお金に執着して骨肉の争いと化した挙句、ストレスを募らせるようなことになるのは不毛だと考えたのだ。 祖母の介護を巡り姉妹の関係性が崩れたことに心を痛めていた母が、身をもって伝えてくれた教訓だったのかもしれない。 ---------- 森永 卓郎(もりなが・たくろう) 経済アナリスト、獨協大学経済学部教授 1957年生まれ。東京大学経済学部経済学科卒業。専門は労働経済学と計量経済学。著書に『年収300万円時代を生き抜く経済学』『グリコのおもちゃ図鑑』『グローバル資本主義の終わりとガンディーの経済学』『なぜ日本経済は後手に回るのか』などがある。 ----------
経済アナリスト、獨協大学経済学部教授 森永 卓郎