銀座の呉服店の二代目が語る「着物嫌いだった僕が『着物の虜』になったわけ」
「銀座の柳」と言えば東京都中央区のシンボル。この銀座の柳を原料にした草木染に取り組み、近隣の小学校での課外授業や着物文化を国内外に広める活動なども精力的に行う呉服店「銀座もとじ」の店主・泉二(もとじ)啓太氏が、著書『人生を豊かにする あたらしい着物』を上梓した。 泉二さんは2022年、父が1979年に創業した「銀座もとじ」を継いで社長に。「着物をワードーブの選択肢のひとつに。」という言葉を掲げて、着物と着物にまつわる文化や技術を伝えるとともに、現代流の新しい楽しみ方を提案している。 本では、その泉二さんが「着物嫌い」だった過去を告白。自身が「着物の虜(とりこ)」になり、現在のような活動を行うに至るまでの経緯をコラムとして綴っている。本の発売を記念して、そのコラムを全文公開したい。 *** 私は子どものころ、着物が好きではありませんでした。 幼少期は、わけもわからず着物を着せられ、パーティーなどに出席していましたが、そこには同年代の子はおらず、高齢の方ばかり。「着物って古臭いな」と感じてしまっていました。また、いつも父が着物を着ていたことも恥ずかしく、授業参観に着物で現れたときには、「友達にからかわれるんじゃないか」とドキドキしたものです。当然、実家を継ぐ気はあまりなく、高校卒業後はファッションを学ぶため、ロンドンに留学しました。 そんな折、留学先の学校で、美術館で民族衣装を描くという授業がありました。ふと見ると、クラスメイトの多くが日本の着物の前で熱心に絵筆を走らせています。しかも、センスのいい友人が着物に興味を持ってくれている。おどろくとともに、とても誇らしく感じて、「着物って、もしかしたら凄いのかも」と、見直すきっかけになりました。 それからしばらくして、父がイタリアにくるというのでミラノで待ち合わせをしたのですが、現れた父はいつものように着物を身にまとい、ミラノの街を堂々と歩いていました。そんな父の姿からは、着物という民族衣装に対する誇りと自信が、ありありと伝わってきました。多文化が共生するヨーロッパでは、自国の文化を大切にする風土があります。それを体現している父が、素直に「かっこいい」と思え、「自分もいつか着物を着てみたい」と思えたのです。