銀座の呉服店の二代目が語る「着物嫌いだった僕が『着物の虜』になったわけ」
あれほど好きではなかったことが嘘のように、私のなかで着物の存在は大きくなり、今ではすっかり「着物の虜(とりこ)です。 ■「奇跡」に出合った瞬間 私が着物に携わるようになってから、特に印象に残っている仕事といえば、2022年に銀座もとじで開催した「二大巨匠展」になるでしょう。これは、「染」の森口邦彦先生と、「織」の北村武資先生という、ともに重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されている染織界の二大巨匠による展示会でした。 森口邦彦先生は22歳で渡仏され、グラフィックデザインを学んでから帰国し、父・森口華弘氏のもとで友禅技法を学び、2007年に重要無形文化財保持者に認定されました。三越のショッピングバッグのデザインを担当された方といえば、思い浮かぶ人も多いでしょう。 一方、北村武資先生は「羅(ら)」と「経錦(たてにしき)」という2つの技法の重要無形文化財保持者に認定された方です。「二大巨匠展」では、このおふたりの合作が実現し、北村先生が「経錦」で織りあげた生地に、森口先生が「友禅染」で仕上げた、「雪景(せっけい)」という作品をつくってくださったのです。通常、このクラスの方々は、おひとりで作品をつくるため、合作することはほとんどありません。 しかし、おふたりは若いころよりお互いを認め合う間柄であり、また、弊社とも長年のお付き合いがあったことから、実現となりました。おふたりが切磋琢磨されてきた半世紀の歴史と、あたらしいものを生み出す力、これからの着物文化の希望がつめ込まれた素晴らしい作品を目のあたりにし、あれこそ奇跡の瞬間だったと感慨深く思っています。 ■伝統をアップデートしたい 私は、着物の世界で生きていて、日々、「こうあるべき」という決まりごとや、しきたり、ルールを伝えていこうと努めています。一方で、「あたらしい考えや現代の価値観もまた伝統になっていくのではないか」という思いも持っています。