「偉人」の過去の不正義にどう向き合ったか〈下〉 地域・民衆ジャーナリズム賞 冠を外しただけでは再出発できない
本気で悩むしかない
集会の前後に新たな問題が起きた。実行委員会の武内事務局長が寄稿した「『むのたけじ賞』に幕 障がい者差別発言を巡って」という記事が8月18日付『東京新聞』に載ったのだ。2回連載の「上」で、三井さんや田中さんの名前を出し、むのの発言をそのまま引用して経緯を説明。むのの顔写真も載せていた。この記事では、共同代表がむのの発言を「当時も今も許されない」と厳しくとらえたことは書かれていなかった。 事前に何も知らされていなかった三井さんは、事実誤認を含む差別発言の引用に大きなショックを受けた。井上スズさんの後を継ぎ三井さんを支援してきた上村和子国立市議が『東京新聞』に抗議。同紙は三井さんに謝罪し、25日に掲載予定だった武内さんの「下」に代えて、井上圭子首都圏部長名の「差別の二次加害に無自覚でした」と題した記事を載せた。差別発言を掲載することは問題の深刻さを明確に伝えるため必要と考えたが、「当時その発言で深く傷ついた絹子さんを45年後のいま、再び傷つける二次加害そのものでした」と説明していた。 武内事務局長は三井さんに面談を申し入れたが、三井さんは「謝罪されても私に対する発言が消えるわけではない。謝って自分がスッキリしたいだけではないか」と断った。上村さんは「実行委員会の人たちは、自分たちの問題としてどう総括したかを三井さんに伝えるべき」だと言う。「冠を外しただけの今の結論でいいのか。本気で悩んで解決法を考えてもらいたい。そこまでやらないと被害者は救済されない。解決法が成功かどうかを決めるのは被害者です」。 9月、東京・多摩市の公民館で劇『星の王子さま シン・脱しせつ~ソーシャルインクルージョンの道』が上演された。三井さんの体験を柱に障害者をめぐる状況が赤裸々に、お笑い要素も交えて描かれる。出演者は障害者と介護者たち。華やかな衣装の三井さんが物語を進めていく。施設での非人間的な対応に胸をえぐられ、優生思想の問題提起に考えさせられる。生き生きと演じる老若男女の障害者たちがどんどん輝いて素敵に見えてくる。 「私は、障害者が子どもを産むのも生きるのも当たり前と伝え続けるだけ」と三井さん。むのたけじが女性たちの抗議に向き合い、三井さんと出会っていたら、そこで対話が生まれていたら、と思わずにいられない。新しい賞として出発するはずだった「地域・民衆ジャーナリズム賞2025」の募集は未確定のままだ。実行委員会が三井さんと本当に出会うことがない限り、新しい賞がスタートを切ることはできない。