弁護士に聞く【ジェンダ―レス時代の男の子育児論】親が持つ「無意識の偏見」と、間違いを認める意味
ジェンダーに関する発信をする弁護士の太田啓子さんは、高校生と中学生の男の子を育てる母親でもあります。『いばらの道の男の子たちへ ジェンダーレス時代の男の子育児論』(光文社)では、男性学の専門家である田中俊之さんと、男の子の子育てにおける、ジェンダーの問題や、性教育について対談しています。太田さんに親が持ってしまう性別に関する偏見や、親が間違いを認めることの意味、お子さんとジェンダーの話をするときのコツを伺いました。 〈写真〉弁護士に聞く【ジェンダ―レス時代の男の子育児論】親が持つ「無意識の偏見」と、間違いを認める意味 ■親が無意識にジェンダーバイアスを再生産してしまう ――今の社会において、どのような点が男の子にとって「いばらの道」だとお考えでしょうか? 社会や時代の変化が速い中、上の世代と同じようにマッチョな男性社会の中で「社会的成功」を得る道をなぞって生きられるわけではなく、かつ女性に比べて、よりロールモデルが少ないことが大変だと思います。 『これからの男の子たちへ 「男らしさ」から自由になるためのレッスン』(大月書店)でも、<「男らしさ」に囚われず、かつマジョリティとして性差別について物申す――そういう男性の、「あの人みたいになりたい」と後進世代に思わせるようなロールモデルが、日本社会にはまだ乏しいと思います>と書きました。 ロールモデルがないからといって、従来の男性社会の価値観のまま生きると、自分が抑圧で苦しくなりますし、性差別的な意識を糾弾される側にもなる。ジェンダーに関することをきちんと理解していて、かつ私生活でも実践できている男性は本当に少ないです。だから自分で獣道を歩きながら、ロールモデルを創っていかなきゃいけない大変さがあると思います。 ――本書では、親が子どもにジェンダーバイアス(性別に関する思い込みや偏見)を再生産してしまう問題についてもお話しされています。 親同士で集まる場でジェンダーバイアスのある言葉をたくさん聞きます。さらっと「あの子はしっかりしてる。やっぱり女の子だね」「男の子はやんちゃでかわいい」など。今の文脈でどうして「女の子だから/男の子だから」という話になるんだろう……とモヤモヤしています。体感としては、中高生くらいですと、全体的に男子の方が幼めな印象はあるのですが、それは「男の子ってそういうものだから」と男の子が幼いことを大人が許してきたからではと思うんです。反対に女の子はやんちゃな言動が「女の子だから」という理由で許されない傾向にある。 息子の中学受験に熱心な人からは「だって男は勉強できないと話にならないじゃん」という言葉を聞いたことがあります。文脈的に「女は稼げる男を捕まえればいいじゃん」という括弧が見えました。そのときは咄嗟に「そんなことないんじゃない?」と返しましたが……。 でもそういうことを言う人が、日頃から性差別的というわけではなく、政治家の女性蔑視発言には怒るような人で、セクハラに対する感度も高かったりするんですよね。あらゆることにジェンダーバイアスが刷り込まれているので、無意識で悪意がない人も少なくない。根深い問題だと思います。 ――男らしさに囚われないロールモデルがいない上、既存の男性社会に適応する方が短期的には楽だと思います。ただ、「男ならこうあるべき」と選択肢の少ない社会は、中長期的には男性自身をも苦しめることにもなる。保護者としては、目先の勝ち組のレールに乗ることと、中長期的な子どもへの影響とを考えたとき葛藤もあると思います。 ジェンダー平等な社会になっているならば、男らしさに囚われない価値観に適応する方が生きやすいでしょうが、現時点ではそうはなっていない。むしろ個人の価値観として、時代の少し先を歩いているとやりづらさを感じる場面があるでしょう。 たとえば男性が育休取得するときの職場での軋轢。日本の育休制度は、世界の中でも進んでいるという話を聞きますが、実際には取りにくかったり、取得しようとしたら出世コースから外れてしまうこともまだ少なくないですし、取得するなら「仕事のしわよせがくる」と不満な同僚からの白い目に耐えることを迫られてしまう、余裕がない職場も多い。自分の親を参考にできない人の方が多数派でしょうし、同世代の仲間は増えてきているでしょうが、横に繋がることの難しさもあると思うので、孤独な闘いだと思います。 ですが、男性自身でしか解決できない部分もあります。上司や組織を変えるよう闘いながら、ジェンダーレスな価値観を引っ張っていく。そういった勇気を持ってほしいと思います。女性もそうやって個々が小さな闘いをしてきて、だんだんと社会が変わってきました。今は過渡期なので、男性自身が男性の抑圧を無くすためのアクションを起こしていくことで、少しずつ社会は進むのではないでしょうか。 ■間違えて謝罪する親の姿を見せる意味 ――本書では親の「過ちの認め方」についてもお話しされています。 私自身も成長途上の当事者なので「こうすればいい」とは言えないのですが、謙虚でいることは心がけていますし、できているかわからないものの、日々気づいたら積極的に言葉にして伝えたいと思っています。たとえば「さっきのあの発言は、こういう思い違いをしてすみませんでした」「さっきは疲れてて言い過ぎました」など。 間違いを認めることは弱さを開示することでもあります。そしてそれは、男性性の課題だと思います。一言「ごめんね」と言えば済む話でも、論点をすり替えたり、不機嫌になったりと、「謝れない男性」の話を妻側から聞くことは珍しくないです。 日本は上位にあるものは無謬(誤りがないこと)という信念が強いですが、偉い人や賢い人も間違えることはあるし、間違いを認めても死なない。一度失敗したからといって、全部を否定されるわけでもないし、いきなり100点を出せなくても大丈夫。「強さ」とは間違えないことではなく、間違いを認め、改められることという価値の転換を促す必要があると思います。 子どもから見たら親は絶対的な権力者。どの親も「親」というだけで権力を持っているのですよね。強い人間でも間違う背中をあえて見せること、理由も含めて非を認めることが大事だと思っています。 ■ジェンダーや性教育の作品と触れる機会を ――太田さん自身が男の子の子育てをする中で、やってよかったことや、難しく感じていることはありますか? 『おうち性教育はじめます』(KADOKAWA)を子どもに勧め、読んでもらいました。ほかにも、うちの子どもたちは活字よりも漫画や映像の方が手に取りやすいようなので、Netflixのドラマや、ジェンダーについて考えられる漫画など、色々なフィクション作品に触れる機会が持てることも意識しています。Netflixで『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』というジェンダーを意識した韓国ドラマを一緒に見たのですが、感想を言い合えたことで良い時間が持てたと思います。 性別関係なく、感情を言葉にすることは自分の感情の解像度を上げるために大事なことだという話を見ます。特に男性は「男は泣くな」と育てられていて、自分の感情をあえて見ないようにする言葉をかけられやすいので、自分の中のモヤモヤしたものに、言葉をあてる練習をできたらと思っています。上手くできているかはわかりませんが、ドラマを見て「この人こうだね」「この場面はこう思った」と言い合うことは、単純に楽しいですし、意味があると思いたいです。とはいえ、「これ見たら?」って思っても、子どもたちにも好みがありますし、だんだんと忙しくなってなかなか難しいところもあります。 ――性教育の中でも、生殖に直結するような話を子どもとすることは難しく感じている保護者さんも多いと思うのですが、太田さんは何か工夫されていますか? 先日、イベントにて小島慶子さんとトークをしたのですが、性に関する話では、動じない・ひるまない・ニヤニヤしないことが大事だよねと盛り上がりました。包丁の使い方や科学実験の説明をするように、ナプキンやタンポンの話をする。口にしづらい空気を作らないようにしたいと思っています。 とはいえ、頻繁にセクシャルな話題が飛び交っているわけではないので、できているか測るのは難しいのですが……。日常生活の中できっかけは色々あると思うので、タイミングがきたときにすかさず話せるように、いつもアンテナを張るようにしたいとは思っています。 ※後編に続きます 【プロフィール】 太田啓子(おおた・けいこ) 弁護士。高校生と中学生男児の母。離婚問題、セクハラ事件などに多く関わる。弁護士業務と育児の経験を基にした、ジェンダーにまつわるSNS投稿が反響を呼ぶ。性差別、性暴力について次世代についてどう教えるか悩みつつ書いた子育てエッセイ『これからの男の子たちへ』(2020年/大月書店)が話題になり、韓国、台湾など4か国で翻訳。 インタビュー・文/雪代すみれ
雪代すみれ