大人を癒す、最高の映画体験。『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』
自分が感じる“幸せ”の価値を、他人や社会の尺度ではかってはいけない
そもそも生きるとはつらいことなのだと、この映画を観ながらしみじみと思う。若いアンガスにとってはもちろんのこと、個人的な経験から言えば年齢を重ねるにつれてまた別の問題も生じて、生きづらさがなくなることはないのだと感じる。特に今の時代にあって、誰にとっても心から気が休まるような瞬間があるのだろうかと思うこともある。 それでも人生は決して悪いことばかりではないのだということを、この映画は信じさせてくれる説得力がある。クリスマスのほんの短い間、3人の人生が偶然にも交差した。長い人生から見たら、それはほんの一瞬の出来事かもしれない。しかし、この記憶さえあればアンガスはもう人生を踏み外すことはないのだろうと思えるし、メアリーも最悪の時期は脱することができたように見える。 そしてポールだ。アンガスとの絆を通して、教師としての矜持を実はしっかりと心の中に持っていたことが証明されるポールもまた、この記憶によって残りの人生は自分自身を受け入れて生きていけるのではないだろうかと想像できる。 彼がこれまでに抱えてきた生きづらさは、生まれ持った容姿や体質、性格、それらが後天的に与えたもろもろの体験によって形作られている。努力ではどうしようもないこともあれば、変えたくても根本的には変えられない性質のものもあるだろう。 例えばメディアなどでは、そうした生きづらさの理由を分析して自分なりに克服して、「今の自分がある、今の自分が好き」と笑顔で語るような人の姿を強調しがちだ。もちろん、それは努力の賜物であり、その姿に励まされる人も多いに違いない。一方で、実際にはそんなふうに生きることがどうしても難しく、なぜ自分はそうできないのかと密かに一人、落ち込んだりする人も少なくないのではないだろうか。 時代に合った最先端の考え方や生き方ができなくても、人は幸せになっていいし、幸せになれる。ただし、その形が世間一般の尺度や価値観と合わなかったとしても、自らが感じる”幸せ”をしっかりと受け止めて、慈しむことを忘れてはいけないのだと思う。 『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』6月21日(金)、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー! 監督:アレクサンダー・ペイン 脚本:デヴィッド・ヘミングソン 出演:ポール・ジアマッティ、ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ、ドミニク・セッサほか 配給:ビターズ・エンド Seacia Pavao / (C) 2024 FOCUS FEATURES LLC 取材・文/今 祥枝 映画・海外ドラマ 著述業 ライター・編集者 今 祥枝 『BAILA』『クーリエ・ジャポン』『日経エンタテインメント!』ほかで、映画・ドラマのレビューやコラムを執筆。ゴールデン・グローブ賞国際投票者。編集協力に『幻に終わった傑作映画たち』(竹書房)ほか。