大人を癒す、最高の映画体験。『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』
反発し合いながらも、少しづつ距離が近ずいていくポールとアンガス。アンガスを演じるのは、約800人の応募者の中から見事アンガス役を射止めて本作で映画デビューを果たしたドミニク・セッサ。不器用でピュアな心を持つアンガスをみずみずしく演じて、批評家にも絶賛された有望株だ。
大切な息子を亡くしたばかりの料理長メアリーは、アンガスに優しくするようポールに言うが、彼女自身、いつもどこか物憂げでその表情には悲しみをたたえている。演じるダヴァイン・ジョイ・ランドルフは、舞台のミュージカルでも高く評価されており、映画は『ルディ・レイ・ムーア』『ラスティン:ワシントンの「あの日」を作った男』などに出演。本作の演技は賞レースを席巻し、アカデミー賞では見事、助演女優賞に輝いた。
人生のペーソスとユーモアを伝えるポール・ジアマッティの名演が涙を誘う
第96回アカデミー賞で主要5部門にノミネートされ、うち助演女優賞を受賞した『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』は、批評家と観客の双方の絶大な支持を得ている。しかし、端的に言うなら特別なことは何もない映画だ。あったかくて普遍的なメッセージを伝える良質の人間ドラマ。その昔ながらの映画の良さを思い出させてくれる、王道の作りにこそ価値がある。それは今の時代にこそ貴重に感じられて、心地よく、懐かしさと喜びで胸がいっぱいになる。 途中からはロードムービーにもなっていくのだが、その過程で交わされる会話のひとつひとつ、エピソードの積み重ねが、じわりじわりと効いてくる。このようなありふれた題材をさりげなくも巧みに見せ切る手慣れたペイン、また脚本を手がけているデヴィッド・ヘミングソンの仕事ぶりがまた素晴らしく、私は途中から終始涙目で最後は嗚咽をこらえるのに必死だった。こんな体験は仕事で年中、浴びるように映画を観る私でも、そうあることではない。 何よりも本作の演技でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされたポール・ジアマッティ扮するポールの味わい深さといったらない。その繊細で複雑なレイヤーは秀逸で、酒を飲んでベッドに倒れ込み、脇汗の匂いを嗅いだりおざなりに体操をしたりとしょぼいことこの上なしなのに、どんどん好きにならずにはいられないのである。『サイドウェイ』から人気ドラマ『ビリオンズ』まで、人生のユーモアとペーソスを体現するジアマッティの“旨味(うまみ)”は、本作の主人公のしがない教師ポールにもぎゅっと詰まっている。 アカデミー賞助演女優賞に輝いたダヴァイン・ジョイ・ランドルフが演じるメアリーと、本作で注目を浴びた若手のドミニク・セッサの好演も言わずもがな。孤独を抱える3人が、そっと寄り添うように、お互いを思いやる気持ちがしみじみと伝わってくる。ペインによる映像世界は、どこまでも優しい。