デザイナー 中里唯馬 氏が語る、未来を切り拓くラグジュアリー【前編】:「ゴミから作るラグジュアリー」をクチュールで挑戦
オートクチュール協会のきびしいルール
MW 唯馬さんのそれまでの経験と行動力が実を結んだのですね。 YN そうですね。しかし、実際のショーは9体だけの小さな規模だったのですが、本当に全ての私財を投じて行い、その後どうなるかはもう考えていなかったです(笑)。オートクチュールには本会員とゲストデザイナーがいて、ゲストにはそれほど厳しいルールは課されていなかったのですが、最近徐々に厳しくなってきました。コロナ禍を経て、世界の富裕層に向けたオートクチュールのビジネスがすごく大きくなっているらしいのです。単なる有名ブランドではなく、職人の最高レベルの手仕事による一点物というオートクチュールの特別な価値が求められているのだと思います。世界中から参加希望のブランドが増えている状況のなかで、オートクチュール協会もルールを厳しくして、クオリティを高めていく方向にある。私も半年に1回、毎度申請を出し続けていますが、毎回ヒヤヒヤしながら継続しています。 MW 継続することで関係者との信頼関係も生まれていますよね。パリでは、プレタポルテも含めてそのような絆がとても重要だと感じます。 YN 現在は1回のショーで発表するのが最低25体という決まりがあって、これも毎年変わります。それだけでなく、最近ことに難しいのが、1体の製作に最低100時間以上掛けるというルールがあり、正確には証明できないので、結局目に見える刺繍とかレースなどの装飾などが主になってしまう。また、正規会員に昇格するためにはフランスで法人を立ち上げ、現地の雇用が必要になってくるのですが、頑張ってそれも狙い続けています。日本での雑誌掲載も注目度として協会から求められているのですが、残念ながら海外に比べて日本の雑誌でクチュールを掲載してくださる機会は年々厳しい状況になってきています。
社会課題解決とクリエイションをともなう素材開発
COUTURE AUTUMN/WINTER 2023-24 MW 日本の雑誌はますます実用的な記事が多くなる傾向にありますね。7月に発表したYUIMA NAKAZATOの最新コレクションのテーマは「マグマ」でした。アフリカのケニアに世界中から集まる「服の墓場」と呼ばれる衣服の廃棄場があり、そこを訪れたときに唯馬さんが撮影したゴミの山の写真が赤く染められてドレスにプリントされ、まるで地球から湧いてくる美しいマグマのように見えました。 YN ナイロビのゴミの山は衝撃的でしたが、その画像を赤く変換してみることで、人工的なゴミがまるで自然の風景の一部のようにも見え、ゴミとは一体何なのか、という固定概念を揺さぶる表現にしたかったのです。その感情の高まりを赤い色に込めました。カラープリントは、近年コラボレーションしているセイコーエプソンのプリンターを使用しています。デジタル捺染の技術で布に直接プリントするので、製作過程における環境負荷が大幅に軽減されます。 MW 唯馬さんは長年、社会課題解決とクリエイションを結びつけたさまざまな素材開発に取り組んでいますが、今回コートなどに使用した不織布は、ケニアから持ち帰ったゴミとなる服から製作されたとか。 YN それもセイコーエプソンの「ドライファイバーテクノロジー」という技術なのですが、パートナーシップを結んで一緒に開発をしながら発表を重ねるという3年計画の試みを行っています。ケニアから持ち帰った服を粉砕して、新しいマテリアルに再生しました。元々は紙の再生に使用される技術を応用したもので、実験を繰り返しました。現在、不織布はマスクなどに使用され、ラグジュアリーな素材としては大きな距離がある。 その一方で、素材から布になるまでの工程がとても短くてシンプルなので、環境負荷がかかる膨大な時間と労力をとことん縮められるんです。これがもし高級なものに生まれ変われたら、「ゴミからラグジュアリーが誕生する」というものすごいインパクトが生まれるだろう、という仮説から開発しました。 MW 衛生面など課題はありますか? YN はい、衛生面や、素材が不明な部分など安全面の課題はたくさんあります。しかし、クチュールだからこそできる実験的なクリエイションというものがあるとも思っているので、そのような観点で新しいことに挑戦しています。 MW オートクチュールファッションは、富裕層やレッドカーペットのためだけにあるのではなく、ファッションの未来を模索する実験の場でもあるのですね。ケニアへの旅から繋がって、オートクチュールファッションウィークでのクリエイションが生み出される過程を追った関根光才監督のドキュメンタリー映画が、来年公開されるそうなので、とても楽しみです。 さらに進化する素材開発と社会課題を紐付けるクリエイションについて、【後編】に続きます。 >>【後編】はこちらから 社会課題 にもアプローチする、デザインとマテリアルによる未来像とは?:デザイナー 中里唯馬氏が語る、未来を切り拓くラグジュアリー【後編】 Interview&Written by Mitsuko Watanabe Photos by yuimanakazato.com
渡辺 三津子