中日・井上監督、1位金丸の第一印象は「意外にでかい」と好印象「あまり真面目一本にいくなよ」関大との縁も
井上監督は金丸の待つ関大へ向かった。第一印象は「意外にでかいな」。引き締まった顔つきに好印象を得た。 「会話の受け答えもすごく好青年。ちょっと話をすれば僕も分かる。あまり真面目一本にいくなよ、と。ちょっとした遊び心も必要。のめり込みすぎて、いまいちな成績になってしまった選手もいっぱいいる。気を楽に、という部分も必要なのかな」 縁がある。指揮官の担当スカウトは左腕で関大の大先輩、法元英明さんだった。89歳になった恩人とは今でもゴルフを楽しむ。今月上旬、法元さんの奥さんが亡くなり、井上監督も通夜へ駆けつけた。供花に添えた肩書は1軍監督でも2軍監督でもない。「中日ドラゴンズ 井上一樹」。まだ就任会見前。控えめに。その姿勢を教えてくれた一人も法元さんだった。 「ひつぎにお別れをする時に『何かで助けてください』という話をしていました。このタイミングで、奥さんに助けてもらった。金丸くんと結び付けてくれたというようなことは感じます」。ドラフト会場での派手なガッツポーズは瞬間的な喜びの表現方法。心の底では縁の持つ力をかみしめ、左腕の成長を願っている。 ☆…法元さんは「金丸選手が中日に入団すると、関大からドラゴンズは6人目になりますね」と話した。1936年の球団創設時(当時は名古屋軍)の小島茂男内野手(東海中、現東海高)に始まり、法元外野手兼投手(大阪・八尾高)、原田享内野手(のちに投手、大阪・市岡高)、近藤瑞郎投手(大阪・関大一高)、白滝政孝外野手(奈良・郡山高)、そして金丸(兵庫・神港橘高)。ドラフト3位で72年に入団した白滝は76年のオフに近鉄へ移籍した。金丸は49年ぶりに関大出身の竜戦士となる。
中日スポーツ