ビジネスシーンにおける「服装」の効果とは? 被服心理学から考える
ビジネスウェアといえばスーツが定番でしたが、クールビズにウォームビズ、またコロナ禍でリモートワークが増えたこともあって、近年はビジネスにおける服装の自由度が高くなってきています。さらに、個の尊重という潮流の中で、制服を撤廃したり、ドレスコードフリーに舵を切ったりする企業も増えています。 「人は見た目が9割」という言葉もあるように、人の第一印象には視覚情報が大きく影響しますが、多くの従業員や求職者などと接する人事パーソンは、自身の装いにどう配慮すればいいのでしょうか。また、自社らしさを表す上で、従業員の装いをどう考えればいいのでしょうか。 お茶の水女子大学の特別研究員で、被服心理学を専門とする内藤章江さんにお話をうかがいました。
第一印象で「どんな人か分からない」状態ほど、見た目の影響は大きい
――はじめに、「被服心理学」という学問について教えてください。 被服心理学は比較的新しい学問で、初めて聞いた方も多いのではないでしょうか。まず「被服」という言葉を定義しておきます。「被服」は、帽子や靴などのかぶり物や履物、アクセサリーなどの装身具を含む、頭の先から足の先まで、身につけることを目的とした覆うものの総称です。似た言葉に「衣服」がありますが、こちらはかぶり物・履物・装身具を含まず、主として体幹部や腕・脚を覆うものを指します。そして、「服装」は人が服を着ている状態を指します。 「被服心理学」は、被服が人の心理や行動にどのような役割を果たし、どのような影響を与えるのかを明らかにする学問です。「この服を着たら気分が上がる」という経験をしたことがある人は多いと思いますが、被服は自分だけでなく、他者にも影響を与えます。他者とは個人の場合もあれば、集団の場合もあります。集団の単位も家族や友人、学校や会社、地域や社会など、種類や規模はさまざまです。 ――被服心理学が注目されるようになった背景には何があるのでしょうか。 米国では1930年頃から、日本では1980年頃から研究が始まりました。米国で注目されるきっかけになったのは、1960年代のケネディ対ニクソンの大統領選です。それまでラジオで放送されていた討論会が、初めてテレビで中継されたのです。ニクソンには副大統領経験があったため、討論会まではニクソンが優勢と伝えられていました。しかし、テレビ討論会で世論は逆転。ケネディが大統領選を制しました。 明暗を分けたのは、テレビ討論会の服装だと言われています。ケネディは濃紺のスーツに、赤と青のストライプのネクタイ。背景とのコントラストが効いて、明快で若々しく力強い印象を創り出していました。一方、ニクソンはグレーのスーツで、背景と同化してしまい、弱い印象に。実はケネディにはイメージコンサルタントがつき、見た目の印象を戦略的に作り出していたのです。話の内容だけで勝負していたら、ニクソンが勝っていたかもしれません。テレビという視覚情報を伝えるツールを上手に活用し、見た目の効果を利用することで、世論をも動かし、この分野の研究が加速するきっかけとなりました。 ――人の印象を大きく左右する衣服は、どのような役割を担っているのでしょうか。 衣服には、三つの社会・心理的機能があります。一つ目は「自己の確認・強化・変容」機能。自分自身のアピールポイントを強調したり、ウィークポイントを隠したりする機能です。例えば、体型に自信のある人はボディラインを強調した服を着て、反対に体型に自信のない人はボディラインを隠すためにゆるめのTシャツを着るなど。装うことは、自分自身の気持ちに影響を与えるのです。 二つ目は、他者に何かを伝える「情報伝達」機能。服は何らかの情報や意味を持ち、他者にそれを伝達します。例えば、学ランを着ている人からは「中高生」「男性」という情報が伝わります。白衣を着ている人は、「医療従事者」や「研究者」と推測されます。言葉を発しなくても、メッセージが伝わるのです。 三つ目は、伝わるメッセージによって他者との行為のやり取りを規定する「社会的相互作用の促進・抑制」機能。被服の何らかの意味合いによって、他者との関わりを強めたり弱めたりするということです。例えば、駅前で募金活動をしている中学生がいたとき、学校の制服を着ていれば「中学生の活動」と認識し、応援したい気持ちが芽生えます。しかし、制服を崩して着用している、もしくは中学生らしからぬ身なりだったら、「近づかないほうがいい」「募金を自分で使ってしまうのではないか」などと考え、募金しようという気持ちが抑制されてしまうかもしれません。 ――被服の印象で、得をしたり損をしたりするのですね。 はい。第一印象では、「その人がどういう人間なのか」を判断するための情報が非常に少ない状態です。見た目は第一印象を決める際の大きなウェイトを占めるので、見た目にひもづくステレオタイプ通りに見られてしまうことは避けられません。だんだんとその人の性格がわかってくると、見た目の影響は少なくなりますが、どういう人かがよくわかっていない状態では、被服がコミュニケーションに大きな影響を与えます。 「情報伝達」をもう少し細分化すると、衣服から伝達される情報は大きく六つ。一つ目は、性別、年齢、職業などのデモグラフィック属性に関する情報です。二つ目は、人格。派手な人、男らしい人などの内面や人格特性に関する情報です。三つ目は、態度に関する情報。保守的か急進的かという社会的態度などが該当します。四つ目は、感情に関する情報。悲しみ、喜び、くつろぎなど、心の状態に関する情報が衣服から伝わります。五つ目は、価値に関する情報。健康、若さ、富など、獲得したいと思われる望ましい価値に関する情報が発信されます。最後は、状況的意味。例えば、朝にスーツを着てカバンを持ち、駅へ急いでいる人がいたら、「仕事に行こうとしているんだな」と分かります。