[麻布競馬場]令和の米騒動 秋田の八郎潟でカレーライスの夢を見る
旅はまだ始まったばかり
「ほら、これは実質的にカレーライスなんだよ」 先輩が上機嫌につぶやく。21時ごろに秋田市内に戻ると、先輩に連れられて僕は「永楽食堂」を訪れた。日本酒好きにとっての聖地のひとつである当店で、先輩はいつもカレールーを頼んで、それで旨味(うまみ)のどっしりした日本酒をチビチビやるのだという。言うまでもなく日本酒はお米で作っているわけだから、確かにそれはカレーライスの再構築と呼ぶべきものだ。 店内にはいかにも熟練の酒飲みらしい中高年だけではなく、東京だと三軒茶屋あたりにいそうな小洒落(こじゃれ)た若者たちも多く集まっていた。顔を赤らめながら盛り上がる彼らの手には、例外なく日本酒のグラスが握られている。彼らもまた、お昼にはピザやパスタを食べただろうか? 行けば分かる、という先輩の予言とは裏腹に、僕はお米との適切な関係をこの旅で発見することができなかった。折しもこの夏は「令和の米騒動」だなんていう言葉が紙面を盛んに賑(にぎ)わせ、多くの人がお米との付き合い方を再考せざるを得ない機会となったのではないだろうか。 何を食べるかはそれぞれの自由だ。今や小麦は日本における重要な食生活の一角を担っているわけだし、日本人は米だけを食えだなんていう謎めいた精神論を押し付けるつもりもない。そういえば、神楽坂のレテールでは締めの炭水化物として「モツ鍋の締めに中華麺入れて煮込んだらおいしいじゃないですか、あのイメージです」と福岡出身の田篭シェフが語る、もちもちとした太麺のパスタが出てくる日がある。僕はそれがたまらなく好きなのだが、次行くときはなんとなく、お米が出てきたらいいなと思う。 お米との関係を模索することは、きっと日本に暮らす僕にとって一生かかるくらい長くて深遠な旅だ。数日の旅行で解決するような簡単な話ではないのだろう。 「さぁ、次はどこに行く? そろそろカニ漁の解禁シーズンだし、豊岡でカニ雑炊という手もあるね。行くべき場所はまだまだ多いよ」 帰りの新幹線で、缶ビールを片手に先輩が言う。そうだ、行くべき場所はまだまだ多い。繰り返す旅の中で、少しずつお米といい関係を築いてゆこうじゃないか。
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