大根仁が経験した「理想の撮影現場」とは?Netflixシリーズ『地面師たち』制作の背景とともに語る
インティマシーコーディネーターがいたから現場が円滑に進んだ
―大根監督はさまざまな作品を手掛けてきましたが、今回はじめてNetflixで制作を行なうなかで、これまでの撮影と何か違いは感じましたか? 大根:撮影現場自体は基本的にどこも変わらないんですが……生々しいことを言えば、まずは潤沢な予算、そして人道的な撮影スケジュールと手厚い現場のフォローなど、僕が長年求めていた理想の撮影現場やシステムを構築していただけたのは本当にありがたかったですね。 高橋:もっと褒めてください。 大根:(笑)。すべての現場がこうなってほしいなと願います。 ―おっしゃるとおり、予算の潤沢さは映像面にも現れていましたね。撮影監督は『SUNNY 強い気持ち・強い愛』でもタッグを組まれた阿藤正一さんでしたが、序盤から映像のスケール感やVFXが大作映画さながらで驚きました。 大根:最初からある程度の予算感は聞いていたので、それに合わせて脚本を書いたんです。だから普段だと「これは難しいな」と刀を鞘に収めちゃうような展開や演出も全部剥き出しでいけたのは大きいですね。熊が登場したり、こんなに必要ないよなってくらい派手なシーンもあったりしますし(笑)。 VFXで大変だったのが、地面師が狙う寺ですね。あの寺は実際港区高輪にあるわけではなくて、郊外にあるまわりに何もない寺と駐車場に高輪の背景を合成したんです。脚本の段階からこのシーンは空撮との合成とか大変ですよって言われていたんですけど、僕はそのときあんまりピンと来ていなくて。「そうかな?」って。 高橋:たしかに、あのとき大根さんはずっと「大丈夫ですよ」って言ってましたね。結局大変だったじゃないですか(笑)。 大根:でも皆さんが頑張ってくれたおかげで高輪にあるように見えますよね? ―あれがVFXだとは……。本当に高輪にあるお寺で撮っているものかと思っていました。 大根:やった! 成功だ! 高橋:撮影環境やシステムに関して大根さんにそう言ってもらえたのは非常にありがたいです。ただ当然Netflixとしてもすべてを無尽蔵に提供できる訳ではないので、そこはロケーションやセットなどの選び方・使い方やバランスといったところを、大根さんやメインスタッフの皆さんが上手く特色を出しながら調整してくれていましたね。 大根:撮影の阿藤さんと照明の中村さんはよく組んでいますけど、それぞれ映画やCM、予算規模の大きい海外作品もやられているので、彼らの経験値にも助けられました。「個別に撮ってあとで合成すれば大丈夫」とアイデアをいただいたり。あと美術デザイナーの都築さんの存在も大きかった。そういう意味で彼らのような熟練のスタッフがいたことは本当に心強かったです。 ―スタッフといえば大根監督は『エルピス-希望、あるいは災い-』(2022)で地上波プライムタイムの連続ドラマとして初めてインティマシーコーディネーター(IC)を起用して話題になりましたが、『地面師たち』でもICの浅田智穂さんと2度目の共演をされていますね。 大根:『エルピス』でICを入れようって言ってくれたのはプロデューサーの佐野亜裕美さんなんですよ。いまではICを入れるのが普通になりつつありますよね。 ―そうですね。ただまだまだ、現場に必要なスタッフであることの認知は薄いように感じます。 大根:「言われなくてもちゃんとやってるよ!」とか言ったりね。やってないからそういう職業ができたんでしょと僕は思うんですけど。ほかのICの方とご一緒したことはありませんが、浅田さんとの仕事はとてもやりやすいです。 『エルピス』ではそれほど激しいシーンはなく、キスから2人の関係が深まっていくシーンで役者のケアなどをしていただいたんです。でも今回は結構激しめのシーンがあって、どうしようと思っていたら浅田さんが「こんな見せ方はどうでしょう」とちょっと遠慮しがちな僕をグイグイ引っ張ってくれて。それでICって役者のをケアはもちろんのこと、シーンのことも考えてアドバイスをくださるんだなとあらためて感じました。 高橋:今回の現場だけではなく、浅田さんは監督が求めているものやシーンに必要なラインがどこまでかということと、俳優部の皆さんが許容できるバランスとを常に考えてくれているんですよね。撮影中に意図しないことが起こらないのは前提として、皆さんの同意を得たうえで最も良いかたちで円滑に進める仕事をしてくれていて。 ICは演出をサポートする役割も担ってくれるので、演出部はじめスタッフも悩む時間が少なくなるし、役割分担ができてすごく楽になるんですよ。ICが現場や観る側にとってのセーフティーネットにもなるので、撮影に関わるすべての人が安心することができる役割だなと感じますね。 ―最後に……、音楽が格好良いなと思っていたら、まさかの石野卓球さんでしたね! 大根:僕は劇中の音楽をプロの劇伴作曲家の方にお願いすることはなくて、好きなミュージシャンやDJ、トラックメーカーの方に頼むのがマイルールと言いますか。自分が好きで聴いている音楽を自分がつくる作品の劇中で流したいという想いがあるんです。それで卓球さんは昔から狙ってはいたんですが、なかなか一筋縄じゃないといいますか。正義のヒーローが出てきたり、登場人物がそれらしいことを言ったりする甘い脚本じゃダメだなと思っていて。今回の企画が立ち上がり始めたときに「悪いヤツしか出てこない、この作品だ!」と思ったんです。 高橋:撮影の前に大根さんとこの作品はどういうトーンを狙いますかというお話をしたんですが、脚本の段階では重く暗く見える可能性もあったんです。でも「音楽は卓球さんが良い」と言われたときに、いまの作品のトーンが明確に見えた気がしました。 大根さんのつくり方の特徴として、撮影前の段階で音楽を何曲か先に上げてもらうというのがあるんですけど、それを聞いたり、画に合わせたりしていくなかで「これはすごい作品が生まれるな」と確信しました。作品のスリリングさも軽妙さも重さも全部入っているような見事な音楽ですよね。 大根:キャラクターがそれぞれ魅力的ではあるんですが、視聴者はキャラクターに感情移入して観続けるのではなく、どんどん転がっていく「事象が引っ張っていくドラマ」だと思っているんです。その事象を牽引する一つの力として、四つ打ちの楽曲は上手く効いてくれるし、観ている方もアガってくるじゃないですか。エンドロールの四つ打ちに合わせて「次のエピソード」を押さざるを得なくなるかなって(笑)。
インタビュー・テキスト by ISO / 撮影 by 沼田学 / 編集 by 服部桃子