生方美久は“家族”をどう捉えるのか 『海のはじまり』で描かれるのは『silent』の“外側”
新しい月9(フジテレビ系月曜21時枠)ドラマ『海のはじまり』の放送が始まった。 物語は印刷会社で働く月岡夏(目黒蓮)が、大学生の時に交際していた南雲水季(古川琴音)の訃報を知らされる場面から始まる。 【写真】第1話から恐ろしい演技力だった大竹しのぶ 葬儀の場に向かった夏は、水季の母親・朱音(大竹しのぶ)から、彼女の娘・海(泉谷星奈)が夏と海の娘だと知らせれる。水季は夏の子供を妊娠した際に、妊娠中絶の同意書にサインすることを求め、その後「好きな人ができた」と言って一方的に別れを告げ、一度も会っていなかった。しかし水季は別れた後、海を産み、一人で育てていた。 第1話では、水季の葬儀へ向かった夏が、彼女との過去を思い出す様子が節々で描かれた。 「別れた恋人が自分の娘を産み、一人で育てていた」というシチュエーションは男性にとっては、いつ自分の身に起きてもおかしくないと思える生々しい設定だと感じた。今後は、夏が娘の海と向き合う中で、父親としてどう振る舞うべきかが問われる展開になるのではないかと思うのだが、一方で夏には百瀬弥生(有村架純)という恋人がいるため、夏に娘がいることを知った彼女が、どのような反応をするかも気になるところである。 本作の脚本は生方美久が担当している。2021年に第33回フジテレビヤングシナリオ大賞を『踊り場にて』で受賞した生方は、プロデューサーの村瀬健に抜擢され、2022年に聴者とろう者の恋愛を描いドラマ『silent』(フジテレビ系)を執筆し、大きく注目された。 翌年には二人組を作るのが苦手な男女4人を主人公にしたドラマ『いちばんすきな花』(フジテレビ系)を執筆。本作は抽象的なテーマを扱った先鋭的なドラマとなっており、生方の作家性が強く打ち出された作品だった。 そして『海のはじまり』は、前2作が放送された木曜劇場(フジテレビ系木曜22時枠)から、月9に舞台を移して3作目の連続ドラマを執筆することとなった。『silent』で佐倉想を演じた目黒蓮が主演を務め、風間太樹がチーフ演出を務めていることもあってか『silent』の作風を踏襲した作りとなっている。 言葉の鋭さが際立っていた『いちばんすきな花』に対し、『silent』は手話を軸にした物語だったこともあってか、役者の芝居の細かいニュアンスや演出が醸し出す雰囲気が全面に打ち出されていた。風間の演出は人と人が向き合う場面を静かなトーンでじっくりと紡いでおり、そこに川口春奈、目黒蓮、鈴鹿央士といった若手俳優の演技が加わったことで生まれたのが『silent』だった。本作が生み出した「静かで優しい世界」が、コロナ禍の空気とシンクロしたことによって『silent』は大ヒットした。『海のはじまり』を観ていると、『silent』の先に進もうという作り手の意思を強く感じる。 なによりそれは、テーマに強く現れている。 『silent』が恋愛、『いちばんすきな花』が友情を描いていたのに対し、『海のはじまり』は家族を描こうとしている。 しかも突然、娘ができて父親になってしまった青年の話となっており、モラトリアムの心地よさを描いていた前2作と違い、青年が父親にな成長する姿を描こうとしているようしているように見える。 前2作でも、各登場人物の家族は丁寧に描いており、「家族」が生方美久作品においてもっとも重要なモチーフなのだろうとは感じていたが、いよいよ本丸と言えるテーマに真正面から切り込んできたと言えるだろう。