【アメリカはまだ「男性優位社会」?】世界でもまれな女性大統領が誕生していない国、大統領選後に再燃してきた社会論議
例えば、「大統領」について説明した同憲法第2章第1条では、「執行権は大統領に賦与される」と規定した後、任期について「『彼(He)』は副大統領と共に4年間の任期を務める……」と書かれており、男性であることを念頭に置いている。「He or She」のような両性のどちらをも含む表現にはなっていない。 さらに、大統領が死亡した際の代行に関しても、「『彼(He)』が死亡、辞任、職務遂行不能となった場合、副大統領が……」と記されているほか、就任式での宣誓内容を規定した個所では「彼は以下のように誓約する……」となっている。 大統領の具体的権限内容に言及した第2章第2条でも、書き出しは繰り返し「彼は……」で始まっている。
これまでも展開された論議
合衆国憲法は1788年成立以来、1992年の修正第27条批准に至るまで、何度も修正条項が加えられてきた。大統領の権限継承についても1967年批准の修正第25条で詳しい手続きなどの説明が加えられたが、ここでも「彼は……」の表現が使われており、その後今日に至るまで、大統領は男性であることが前提になっていることに変わりない。 しかも奇妙なことに、もし女性大統領が誕生することになった場合、合衆国憲法本文および修正条項について、表現を書き換える必要が生じるはずだが、クリントン氏が出馬した2016年、およびハリス氏が挑戦した今回選挙でも、「憲法再修正」が表立って話題に上ったことはなかった。米マスコミも、その必要性について何も報じなかった。 ちなみに、日本国憲法では、首相資格に関する男女の言及はない。 米国では大統領関連の問題のみならず、社会全体を覆う「家父長制」についても、これまで様々な論議が展開されてきた。 この中で、伝統あるシカゴ大学評論誌「Chicago Policy Review」(2022年7月7日号)は、「アメリカはいぜんとして女性について語るには家父長的すぎるのか(Is the US still too patriarchal to talk about women?)」と題する論考を掲載。「米国民の80%が憲法で男女平等の権利が保証されていると信じているにもかかわらず、現実にそれが保証されていない世界の28カ国の1国にとどまっている」として、次のような注目すべき問題提起を行っている: 「米国はもともと、公的分野はすべて男性に委ねられ、プライベートな部分を女性が担当する家父長制度を英国から受け継いできた。英国コモンローは、妻を夫の飼い犬よりもましで、彼の愛馬より少しだけ愛おしい彼の“動産”(chattel)とみなしてきた。社会の諸権利、規範、法律すべてが公的分野のために用意されており、個人的分野を規制するためのものではなかった。従って、国家は、公的分野とは無関係の女性がいかなる権利をも持つことを念頭に置いていなかった。法律学者たちは、この法的枠組みこそが女性の経済的肉体的不安定に寄与してきたと指摘してきた。国家は、政治的また法的組織をすべて公的領域に押しとどめることによって、今日もなお、家庭内暴力、性的暴行のような犯罪があまり表ざたにならない社会を作り上げてきた。歴史的に見ても、女性に対する肉体的、性的暴行は、男性のために用意されたひとつの権利とみなされてきた」 「米国では、男女平等憲法修正条項(ERA)が未だに成立しておらず、憲法が市民を性的差別から十分保護していないため、もともと女性への配慮を欠いたままの法的制度の下に女性がたなざらしにされてきた。女性を暴力から保護するための措置の法制化や制度化の面でも立ち遅れており、いまだに家庭内暴力についての刑法上の定義、罰則が整備されていない……英国社会で定着した家父長制度はそのまま、規定事実として北米大陸に輸出された後、そのレガシーが今日の米国に受け継がれ、結果的に、家庭は女性にとって最も危険な居場所のひとつとみなされている」 「女性を死に至らせる暴行『femicide』についても、欧州、中南米の多くの国で刑事告発の対象とされているにもかかわらず、米国には明確に犯罪と規定した法律はいまだに制定されていない。家庭内暴力のきちんとしたデータも存在しない。米国は『ミソジニー(misogyny)』と呼ばれる女性蔑視、婦女暴行の多発を予防する法的整備も急ぐ必要がある。そのためにはまず、こうした違法行為が米国社会にいかに広くはびこっているかについての認識を深めると同時に、諸外国がすでに取り組んでいるさまざまな方策を真剣に研究する時が来ている。さもなければ、米国では、いぜんとして多くの大衆が『femicide』の言葉の意味すらも理解できないまま、男性による婦女暴行を黙認する文化が持続していくことになるだろう」