「精神科で拘束・薬漬けの男性が鼻歌交じりに畑仕事をするまで回復」83歳・現役看護師が運営する介護施設の凄さ
■人生の終の棲家で、認知症高齢者に寄り添う 峠茶屋開設から2年後、64歳でNPO法人 峠茶屋を設立。さらに3年後の67歳でグループホーム「すみか」を開所する。もともと介護事業は「5年やったらおしまい」のつもりだったが、事業はどんどん拡大していくことになる。 認知症の高齢者の数は増える一方で、在宅介護で苦しむ家族、そして高齢者本人の姿を見ているうちに、「終の住処」となる場が必要だと、持ち前の行動力を発揮。突き動かされるようにホーム開所に動いていたという。 家族だけが苦しむことはない――。私たちも一緒に、みんなで高齢者の世話をしようとつくったのが、グループホームだ。入居者の定員は9名。彼らに接する中で、改めて「認知症とはどういうことなのか」を教わった。 「あちこちで排泄するのも、理由があるから。昔は、家の外の暗い場所にお便所があるのが普通でした。トイレに行きたくても、どこにあるかわからないから、子どもの頃の記憶を頼りに、暗い場所を探して排泄しようとするんです」 認知症状で暴力を振るうようになり、精神科に入院している男性の受け入れを決めたこともある。受け入れの判断をするために精神科に面接に行ったとき、江森さんが見たのは、車椅子に拘束され、薬の副作用で口からよだれを垂らした男性の姿だった。 「その姿を見た瞬間に、うちでお引き受けします、と言っていました」 男性が「すみか」に入居すると同時に薬をやめた。もちろん、拘束もなしだ。「うちには拘束具がありませんからね」。男性はそのうちテーブルに手をついて歩くようになり、言葉も発するように。「しまいには、あれだけ危険だと言われていた人が、鼻歌を歌いながら鎌を研ぎ、毎日畑仕事に行くようになり、家に帰ると出かけられるようになったんです。もちろん職員が必ず付き添いましたけれどね」 「私もスタッフもとにかく無我夢中だった」と、介護施設を始めてからの日々を江森さんは振り返る。認知症介護は難しいといわれる中、なぜ「すみか」には徘徊も暴力もなく、誰もが穏やかに人生の残りの時間を過ごせているのだろうか。 その答えは「その人の人生に心から寄り添う」ことにある。大切なのは、相手への尊厳を忘れず、その気持ちを理解し信じることだ。 「問題行動を起こすときは、そこに必ず原因があります。それがわかれば、寄り添い方も変わってくる。たとえ認知症でも寄り添ってもらえることで、笑顔で過ごすことができるようになると思っています」 (後編へ続く)
フリーライター 工藤 千秋