中身のない1on1に冷める若者の心理 「仕事で本音を言う必要あるのか」
ただ、不思議なのが、今、企業は「人的資源経営」の下、エンゲージメントを高めるためのサーベイやストレスチェックなどを社員に対して実施し、大企業であればその数値を開示しているところもあります。そうして常に組織の状態をチェックしているにもかかわらず、若者の離職を招いてしまう。それはなぜなんでしょうか? サーベイでは問題なかったのに、若者が突然辞めたら驚きますよね……。 勅使川原氏:私は以前、エンゲージメントサーベイの業界で働いていたことがあるので、実態の想像がつきます。おそらくは、エンゲージメントサーベイもストレスチェックも、状況を把握して終わりで、組織改善にほとんど活用されていないことが影響しているでしょう。改善に活用されないサーベイなんかに、忙しいのにそれこそ「本音」を託したりするでしょうか。ある民間人事コンサルティング会社の調査によると、6割超の社員が「回答したところで何に生かされているか分からない」、半数近くが「解決策が実施されていない」と指摘しています。サーベイをさんざん形骸化、茶番化させておいて、「せっかくサーベイで尋ねてやったのに、しれっと辞めるなんて」と言うのはひどいですよね。 若者たちは本音で回答していない、と? 勅使川原氏:そうです。2015年から従業員50人以上の企業で義務化された「ストレスチェック」の実態について、ある会計事務所の社員Kさんの事例をお話しましょう。上司が夜中の1時でも4時でも、業務のチャットを送って来きていたそうです。チャットの最後には「報告まで」と書いてあり、リアクションは求めていませんよ、という気づかいらしきものを示していますが、部下からするとそんな時間に業務連絡が来ること自体がプレッシャーです。 そこで、Kさんは勇気を出して、ストレスチェックにそのことを書くことにしました。彼にとってはちょっとした「告発」のつもりでした。しかし、最終的に「4人しか部下がいない部署は、匿名性を守るために分析結果を非表示にする」という結論になり、当然のことながら何ら改善は施されませんでした。 Kさんのがっかり具合は容易に想像できます。このように、法制化されているから何となく実施しているけれど、結果的に形骸化しているケースというのは多いのではないでしょうか。企業としても、データが手元にあったところで、何をどう活用していいかよく分からない、というのが本音だと思います。 ストレスチェックもエンゲージメントサーベイも、結果を組織改善に生かせなければ意味がない。回答しても組織が変わらないことが続くと、若手は諦めて、まともな回答をしなくなるということですね。 勅使川原氏:はい。一方で、「うちはガバナンスの効いた企業だから、しっかり対応している」という会社でも、その対応が本当に適切かどうかは疑問です。例えば、「360度評価」では、「上司の指示が不明瞭」「個人プレーで全然部下のことを考えていない」など、マネジメントに関するいわば部下からの苦情が明るみに出ます。そうすると、自称「ガバナンスの効いた会社」では、そのような評価を受けたリーダーはマネジメントには向いていないと判断して降格したり、マネジメントラインを外されたりする対応がとられる場合があります。 しかし、じゃあ新たな、いわゆる「優秀」とされるリーダーを迎えれば業績が上がるかというと、そんなに単純な話ではないですよね。優秀な人が優秀な組織をつくっているわけではありません。いろんなリーダーがいて、いろんなメンバーがいて、その凸凹の組み合わせがうまくいっているときが、組織として良好な状態です。つまり、組織風土と呼ばれるものは、「誰と何をどのようにやるか?」次第でいかようにも変容するということ。組織の問題を安易に個人の問題にして、「上司のリーダーシップに問題があるからだ」とか「部下の主体性が……」などと言っている限り、厳しいでしょうね。 問題を個人化し、経営側も個人マターとして「処理」したところで、組織の問題が根本から解決されることはほぼないのです。上司個人のマネジメント能力だけの責任にしたり、逆に部下の主体性や思考力などの問題にしたりするのではなく、組織がうまく回っていないのであれば、「人と人」や「人とタスク」の組み合わせに何かしら問題があるのではないか、と仮説を立ててみてほしいのです。それは、個人の能力に関するデータで「評価」を続けていても見えてきません。現場の「観察」から始めないと。 これは、「データドリブン」「エビデンスベースド」を称揚する今の時代の落とし穴だと私は思います。人が人を評価し、数値化をすればするほど、複雑な事象の単純化は避けられない。データがないと困るとはいえ、データがすべてではない。データによってそぎ落とされた現場のつぶさな日常が何なのかに目を向けること。組織改善を導く「魔法の杖」は、分かりやすくどこかに落ちてはいないことに、経営層は気づかなければなりません。 ●中身のない1on1に若者は嫌気がさしている エンゲージメントサーベイの結果を部署ごとに競っているという話も聞きます。そんなことをされたら、中間管理職もつらいでしょうね。 勅使川原氏:中間管理職は組織評価の結果の責任を負わされやすい立場にあります。繰り返しになりますが、ろくに組織改善の手立ても教えず、組織の問題を個人化して通達しておしまい、というのはひどいですよね。 あと、エンゲージメントサーベイで「コミュニケーションが足りていないようです」という結果が出て、「1on1ミーティングをしてください」という解決策が提示されるというのもよく聞きます。言われた側は仕方なく1on1をセッティングするも、「コミュニケーション不足」が意味する具体的な問題が何なのかを理解しているわけではないので、「最近どう?」って聞くわけです。部下からすると、「最近どう? じゃねぇよ!」ってなりますよ。結局、問題とされた「コミュニケーション」という言葉が大きすぎるまま、地に足のついた会話にならず、「お互い忙しいから、次回は……時間ができたとき、ってことでいいかな?」などと、またも形骸化の流れに落ちてしまいます。 ある会社で、社員に「1on1ミーティングを増やしたほうがいいか」というアンケートを実施したところ、20代は誰1人「はい」と答えた人はいなかったそうです。若手は、自分の時間が侵食される割に、中身のない1on1に嫌気がさしています。