【イギリス総選挙2024】 ファラージ氏は何を求めているのか? 新党「リフォームUK」党首
ローラ・クンスバーグ 「サンデー・ウィズ・ローラ・クンスバーグ」司会 「ファラージは、ヴィーガン用のたばこを吸いたいなどとは思っていない。そしてそれと同じくらい、なんの責任も負いたくないのだ」 これは、ブレグジット(イギリスの欧州連合離脱)運動に長年かかわり、もしかすると長年苦労してきたかもしれない人の言葉だ。しかし、新党「リフォームUK」代表となったファラージ氏は、与党・保守党を粉々にすることを、長期的な目標にしているようだ。 辟易(へきえき)とした様子の保守党幹部は、「ファラージにとっては自分がすべてだ。怒りだらけ、問題だらけ。解決策はゼロだ」と言う。 しかし、なぜ保守党関係者は、下院選で7度も落選した人物についてパニックしているのか? なぜ極小政党が注目されているのか。 6月中旬、大勢が予想していた一つの「転換点」が実現した……といっても、たった1件の世論調査結果の話だが。2200人を対象にした12~13日のYouGov調査では、「リフォームUK」の支持率が保守党を1ポイント上回ったのだ。他の世論調査では、保守党が支持を減らしリフォームUKが支持を伸ばしているものの、それでも保守党の方がリードしている。 仮にYouGovの世論調査が正しかったとしても、リフォームUKが保守党より多くの議席を得るという意味ではない。 リフォームUK関係者で特に強気の人たちでも、自分たちが勝てると予想する選挙区は5~6カ所にとどまっている。その予想がすべて実現する最良のシナリオでも、定数650議席の下院においてリフォームUKの議席は100分の1以下でしかない。イギリス政界において、これはごくごくわずかだ。 しかし、世論調査が示するように、リフォームUKは保守党の伝統的な支持者の多くを吸い上げる可能性がある。その場合、保守党候補による議席維持が難しくなる。つまり、リフォームUKは情勢に大きく影響することになる。 仮定の話をするなら、たとえば労働党が6000票の差を縮めようとしているとして、前回選挙で保守党に投票した3000人が今回はリフォームUKを選ぶなら、労働党が勝つために見つけるべき票は、その分だけ、つまり3000票は少なくて済むということになる。 リフォームUKは各地の選挙区で、投票率10%~20%を記録する可能性がある。その場合、議席獲得には至らなくても、保守党には深刻な打撃を与える。だからこそ保守党幹部は、リフォームUKのリスクを声高に口にし始めたのだ。 ■なぜこの事態に? 保守党関係者は内々では、リフォームUKのリスクを何カ月も前から心配していた。 だからこそ今回の選挙戦の序盤には、リフォームUKに興味を持っていたかもしれない有権者にアピールするような提案をしきりに繰り出していたのだ。リフォームUKに興味があったかもしれない有権者とは、高齢で、社会的に保守的で、保守党支持を長年、当然視してきた人たちのことだ。 その人たちにアピールしようと保守党政権は、選挙に勝てば18歳全員に兵役や社会奉仕活動を義務付けるナショナル・サービスを復活させ、年金を守ると約束した。「(不法移民を乗せて英仏海峡を渡ってくる)小型ボートを阻止する」というリシ・スーナク首相の有名な約束も同様だ。 世論調査グループ「More in Common」の調べによると、リフォームUK支持を予定している有権者にとって最も大事なテーマは、圧倒的に移民問題だ。リフォームUKに投票する理由として回答者が挙げたのは、移民、難民、ブレグジットだった。「ナイジェル・ファラージを尊敬しているから」という理由は、はるかに及ばない。あるいは、最大野党労働党のキア・スターマー党首やスーナク首相が嫌いだから――という理由も、まったく及ばない。 しかし、リフォームUK幹部の一人によると、リフォームUKが支持されているのは、不満感が国民の間に広まっているからだという。 「自分は前よりかなり貧しくなったと、誰もが感じている。(公的医療「国民保健サービス(NHS)」の順番待ちが深刻化し)かかりつけ医に診てもらえないので、具合が悪くなったらどうしようと、みんなおびえている。そして、合法・不法を問わず、移民の多さに大勢が激怒している」と、このリフォームUK幹部は話す。 つまり、自分たちへの投票は主に、2019年の総選挙で保守党に投票した人たちによる、抗議の投票になるはずだというのだ。しかし、保守党への抗議にとどまらず、リフォームUKは労働党の伝統的な支持基盤にも食い込みたいと考えている。 スーナク首相はファラージ氏の術中にはまってしまったと、そう考える閣僚もいる。不法移民問題など「自分で解決できない問題を、有権者に意識させてはだめだ」と、私に話した閣僚もいる。 ほかには、「ボートを阻止する」と言うだけで、それに欧州人権条約からの離脱などより大胆な行動が伴わないせいで、むしろ問題はかなり悪化したという意見もある。強い表現を口にしながら、実際の政策は生ぬるいせいだと。 ■またしても また同じことの繰り返しだと、一部の保守派は非常にいら立っている。 そしてファラージ氏本人も、同じようなことを指摘している。オンライン動画で、エミネムの曲に合わせて半笑いを浮かべながら、「Guess who's back? (戻ってきたのは誰かな? )」と、保守党をからかったのだ。 ファラージ配下の政党が最も好調だったのは、2014年の「独立党(UKIP)」だ。イギリスでの欧州議会選で躍進し、当時のデイヴィッド・キャメロン首相をおびえさせた。ファラージ氏は2019年の欧州議会選ではブレグジット党を率いて再び保守党を脅かし、テリーザ・メイ首相(当時)の退任を早めた。 ファラージ氏のこれまでの活動で何より印象深いのが、ブレグジットをめぐる2016年の国民投票で離脱運動を推進し、そして離脱派の勝利に貢献したことだ。もっとも、当時の正式な離脱派陣営は、いっさいファラージ氏と関わろうとはしなかったのだが。 右派にどう対応するかは、保守党にとって目新しいジレンマではない。そのため、どう対応すべきかという議論の中身は、おなじみのものだ。 政治的な危険に正面から対峙(たいじ)し、右派の有権者の支持を求めてアピールし、リフォームUKが極力、身動きできないように追い込むべきか。それとも、中道にしっかり論陣を張り、リフォームUKの主張をいっさい相手にしないようにすべきか。 ファラージ氏と仲間たちを陣内に招きいれ、彼らの政治的立ち位置を自分たちのものとし、「本物の」保守派になるべきだという意見が、保守党内にはある。 保守党の上院(貴族院)議員、マーランド卿は14日、こう発言した。「何度か保守党のイベントで何度か(ファラージ氏)を見かけた。ズボンの裾をこちらに向けて持ち上げるような感じだった。それをチャンスとこちら側に取り込んでしまえばいいのに、そうしていなかった」。 これに対して、保守党にはファラージ氏の居場所などないという意見もある。たとえばキャメロン現外相は、ファラージ氏による「犬笛(政治家が特定の有権者を意識して使う暗号のような表現)」や、「扇動的な」言動や政治手法は、完全に拒絶すべきだと主張する(ファラージ氏はキャメロン外相のこうした発言を、「中傷的」だと批判している)。 保守党関係者の多くはとにかく、リフォームUKが惹きつけるたぐいの人間と関わりたくないのだ。 総選挙の実施が大方の予想よりも大きく前倒しになったため、どの政党も大急ぎで候補者を擁立しなくてはならず、そのため何人かの人選に問題が生じた。 しかし、リフォームUKから出馬予定だった少なくとも16人が、不適切または攻撃的な発言のために立候補を取りやめた。リフォームUKの公認候補には、イギリスが第2次世界大戦でヒトラーと戦ったのは間違いだったというような発言をしていた人物もいる(BBCの報道を受けて、この候補者は謝罪した)。 \相手がファラージ氏だろうと一部の保守党議員だろうと、保守党党首が右派の主張を聞き入れて譲歩するたびに、「もっともっと」ということになる――それが近年の歴史の教訓だという意見も、保守党内にはある。保守党に譲歩を迫る右派は、まるでトーストを欲しがって泣き叫ぶ、おなかをすかせた幼児のようなものだと。 トーストを与えても「どうもありがとう」とは決して言わない。「もっともっと」と叫んで、次はトーストとジャムを出せと要求する、そういう幼児と同じだと。 ■次はどうなる? リフォームUKの関係者は、「地殻変動」的な大変化が目前だと考えている。世論調査によると、このままいくと保守党はおそらく労働党に敗れるが、リフォームUKがこのまま支持を伸ばせば、保守党はただ敗退するだけでなく、惨憺(さんたん)たる事態に陥るかもしれないのだ。 しかし実際には、7月4日に何が起こるかはまだわからないし、センセーショナルな主張が実現しないこともある。ファラージ氏が何度も落選を繰り返した挙句、今度こそ下院議員になるのか。彼の党がどれだけの被害をもたらすのか。それとも、ある情報筋が言うように、「本人のブランドを築き上げるため、周期的に繰り返される一時的な事態」の一つで終わるのか。決めるのは有権者だ。 ファラージ氏はつい先月まで、自分はこれからドナルド・トランプ前大統領の再選を応援しに行くのだと主張していた。 彼は明らかに、この状況を楽しんでいる。TikTokに動画を投稿し、テレビのインタビューに応え、選挙イベントに参加し、そして記者に正当な質問をされても「つまらない、つまらない」と批判する、この状況を。 リフォームUKが支持率を伸ばしていればこそ、目立ちたがりの党首が放送に登場する時間も増えている。 ファラージ氏は、本気で下院議員になりたいのだろうか? もちろん彼はイエスと言うだろう。しかし、「彼はただの、リアリティー番組のスターに過ぎない」と評する消息筋もいる。 英民放ITVのリアリティー番組で、ファラージ氏は昨年秋、オーストラリア内陸の砂漠地帯に行った。しかし、「彼にとっての真の荒野とは、政界から離れたところにはない。彼にとって真の荒野とは、イギリス国内だ」と、この消息筋は言う。もしファラージ氏が本当に当選したなら、「獲物を捕まえたヨークシャーテリアのような小型犬」のようになるはずだとも。 リフォームUKは、今度の総選挙の結果、与党に本当の意味で対抗する野党は自分たちだと主張するかもしれない。しかし、イギリスの選挙は小選挙区制で、しかも選挙区で得票率が最も高い候補が1人だけ当選する仕組みだ。そのため、よほど驚異的なことが起こらない限り、リフォームUKが最大野党になる可能性はまずない。 それでも、リフォームUKが劇的な影響力を持つ可能性はあり、それが保守党に壊滅的な打撃を与える可能性もある。そして、7月4日にたとえ何が起きるとしても、保守党が何十年も抱えてきた「右派にどう対応すべきか」というジレンマは、そのまま残る。 (英語記事 What does Nigel Farage really want? )
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