今ではすっかり当たり前……バス接近表示やバスレーンを普及させた「都市新バス」の正体とは!?
都市部における定時運行や利便性向上を図るため、今ではバス接近表示やバス専用レーン、停留所の上屋といった設備は珍しいものではない。ではこういったシステムは一体いつから、どんなことから始まったのだろうか? 【画像ギャラリー】1990年代当時の都市新バス車両(6枚) 文・写真:橋爪智之 構成:中山修一 (都市新バスの写真付き記事はバスマガジンWebもしくはベストカーWebをご覧ください)
■バスを快適に利用してもらう工夫
だが、少なくとも昭和時代まで、こうした設備は一般的とは言えず、時間になっても来る気配がないバスにイライラしたり、交通渋滞に巻き込まれたり、雨の日は吹きさらしの中、傘を差してバスを待つほかなかった。 そんな旧態依然とした路線バスを改善しようと、ソフト・ハード両面において様々な試みが投入された、新時代のバスシステムが「都市新バス」だ。 1988年、当時の運輸省(現国土交通省)が都市新バスについて、バス接近表示やバス専用レーン、停留所上屋などを整備し、居住性を向上した専用車両で運行するもの、という定義付けを行い、その上でこれらの運行システム全体を整備する事業とした。 今回は、都内に運行されていた都市新バスを中心に、その変遷などをご紹介していこう。
■1970年代に始まったバスロケ
バス接近表示、いわゆるバスロケーションシステムは、1978年には東京都ですでに導入され、その後名古屋でも都市基幹バスの運行が始まっている。 当時の運輸省が定義した、都市新バスシステムを初めて導入した事業者の一つが都営バスで、1984年のことだった。 渋谷駅~新橋駅間5.5kmの路線で、現在も運行されている都01系統だ。同じ年には、新潟でも都市新バスが運行を開始している。その後、名古屋や大阪などにも整備されていった。 都市新バスは非常に好評で、東京や名古屋などの都市圏に採用された路線では、いずれも大幅に利用客が増加した。 都内では、他に1986年から東急バスが都市新バスシステムに倣った「東急バス新交通システム」を、目黒駅を起点とする各路線へ導入している。