【私の視点】 アメリカの夢の行方
小倉 和夫
アメリカの大統領選挙でトランプ氏が再選されたことから、世界中で、アメリカ社会の分断と民主主義の行方、そしてトランプ氏の掲げるアメリカ第一主義の影響についての懸念の声が聞こえる。 たしかにトランプ氏の歯に衣をきせぬ主張、並びに通常の政治倫理や社会倫理を無視するような発言と行動は、アメリカ政治、外交の行方に疑問符を投げかけている。 けれども、昨今のアメリカの政治、社会、経済情勢を冷静に観察すると、アメリカの政治は、いわゆる「アメリカの夢」によって大きく左右されているのではないかと思えてくる。 世上、よく言われるアメリカ社会の分断とは、実は、アメリカの夢の二面性ではないのか。そのことを最もよく象徴しているのは、トランプ氏とその対抗馬だったハリス氏二人の間のコントラストである。 ハリス氏は、女性であり、有色人種であり、法律を勉強して司法界で活躍し、副大統領にまでなった人であり、さして豊かでもない移民家庭の出身者が、努力と精進で政界の頂上近くまで上りつめたという「アメリカの夢」の体現者である。 一方トランプ氏は、大富豪であり、大統領経験者であり、ゴルフにあけくれ、華やかな女性遍歴をもち、また、通常の社会倫理を逸脱した行為も自由に行ってきた人物である。そこには、フロンテイア精神や、荒っぽいがロマンに満ちた西部劇風の「もう一つのアメリカの夢」が体現されている。 この二つの夢は、時として衝突する。しかし、そこにアメリカのエネルギーの源がある。 衝突と分断は悲劇も生むが、ダイナミックな結果をも生む。今回の大統領選挙も、有権者の投票率は、日本の選挙に比べればはるかに高い。新政権の閣僚人事をみても、民主党のロバート・ケネディ・ジュニアや元民主党下院議員のトゥルシー・ギャバード氏を起用するという「超党派」的色彩もあり、また、政権内部の主要ポストヘの女性の登用も目立つ。加えてトランプ氏に対しては、以前に比べると、黒人やヒスパニック系住民の支持も増えているという。 トランプ氏の再選は、実は、アメリカの混迷と分断の証しという側面もさることながら、むしろ、米国社会の強靱さとエネルギーの豊かさを示したという側面にも目をむけるべきではあるまいか。 アメリカ大統領選挙の歴史で、いったん大統領をやめた後、数年して再びカムバックした例は、19世紀末のグロバー・クリーブランド大統領だけだという。このクリーブランド大統領とトランプ氏の間には、もちろん違いも大きいが、奇妙に似た点もある。クリーブランドは、大統領在任中に21歳の若い女性と結婚するなど、広く話題となるような「異性との関係」を持ったこと、そして何よりも、歯に衣を着せぬ言動で多くの敵を作ったが、それがかえって「敵をつくるからこそ、彼が好きだ」という味方を増やしたという点である。 トランプ氏も多くの敵を作ったが、それでも、否むしろそれだからこそ、多くのアメリカ人にとって、アメリカの夢のシンボルになったのだ。トランプ氏の言う「アメリカ第一主義」には、内部に矛盾する要素も含んだ「アメリカの夢」のダイナミズムを再確認せんとする叫びが込められていると解すべきだろう。
【Profile】
小倉 和夫 日本財団パラスポーツサポートセンターパラリンピック研究会代表。1938年東京生まれ。東京大学法学部卒業後の、1962年外務省入省。英国ケンブリッジ大学経済学部卒業。外務省経済局長、外務審議官、駐ベトナム大使、駐韓国大使、駐フランス大使を歴任。東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員会評議会事務総長を経て現職。