「宇宙は膨張している」となぜ言えるのか…数々の批判をくぐり抜け、定説となった「あまりにも型破りな理論」
「宇宙マイクロ波背景放射」の発見
その論争に終止符を打ったのが、1964年のアメリカのアーノ・ペンジアス博士とロバート・ウィルソン博士による、火の玉のなごりである絶対温度3度(マイナス270℃)の電波の発見です。この電波は「宇宙マイクロ波背景放射(CMB)」と呼ばれます。その後、ビッグバン宇宙モデルは、宇宙膨張、軽い元素の元素合成、宇宙マイクロ波背景放射の3つの観測事実により、宇宙の標準的なモデルとしての確固たる地位を固めていくことになります。 宇宙マイクロ波背景放射は、宇宙のどの方向からもやって来ています。現在では、その絶対温度3度からのゆらぎの空間的な分布まで測定されています。そのゆらぎは、約10万分の1という小さいものでした。プランク衛星による温度ゆらぎの詳細な観測から、現在の宇宙のエネルギーの中身は、放射(光子とニュートリノ)が約0.01%、見える物質が約5%、ダークマターが約25%、ダークエネルギーが約70%だとわかってきました。 異なるとはいえ、0.01%から70%と、約4桁の範囲ですべての成分がだいたい同じ程度のエネルギー密度なのです。これも実は大変不思議なことです。そして、2018年のプランク衛星チームによる精度のよい観測データが発表され、宇宙年齢は137.97億±0.23億年と報告されました。 それでは宇宙の大きさがゼロであった時点より過去の宇宙の歴史は、どうなっているのでしょうか。そこは、実は現代の物理学でもわかっていないところなのです。大きさがゼロでは、エネルギー密度が無限大になってしまいます。そうすると既存の物理学の式では計算できないことを示していて、理論が間違っていることになってしまいます。その間違っている理論に基づいて推定しても説得力はありません。つまり、そうした高密度では、現在知られている理論が、いまだ知られていない新理論に取って代わられると予想されています。 例えば、量子重力理論の候補である「超弦理論」などが候補となります。そうした新理論では無限大は回避されて、宇宙は有限の大きさの泡のように誕生したのではないかと、アメリカのジェームズ・ハートル博士とイギリスのスティーヴン・ホーキング博士は提唱しました。これは「ハートル=ホーキングの無境界仮説」と呼ばれます。泡の誕生の最中には、実数の時間ではなく、虚数の時間が流れていたとも考えられています。虚数とは、高校の数学で習う、実数の軸に垂直に交わる、違う軸に乗っている数のことです。 実際、宇宙初期でなくても、泡の生成を伴う真空の相転移を記述する方程式には、虚時間が流れることが知られています。そうなると、実数の時間で測るべき宇宙誕生の前か後かなんて、考える理由もわからなくなります。その泡が急激に膨張することにより、つまりこれは宇宙創成のインフレーションなのですが、ビッグバン宇宙につながると期待されています。偶然、条件の合う領域がインフレーションして大きな宇宙をつくったと思うと、唯一の宇宙(ユニバース)ではなく、たくさんの宇宙(マルチバース)が生まれた可能性すら示唆します。つまり、他にもインフレーションする条件がそろえば、別の宇宙は誕生し得て、そちらの方がずっと数が多いだろうことが推測されます。 このときのエネルギースケールはプランク質量という1000京GeV(温度に換算すると1000京度の10兆倍)で、宇宙年齢はプランク時間という約10-⁴³秒、つまり、1000京分の1秒の1000京分の1の10万分の1ぐらいだったと考えられています。ここでG(ギガ)は10億という意味で、1eVは約1万度に相当します。このことから、後に話す大統一理論のエネルギースケールはさらに2~3桁小さく、それは2度目以降のインフレーションであるとも考えられています。 * * * さらに「宇宙と物質の起源」シリーズの連載記事では、最新研究にもとづくスリリングな宇宙論をお届けする。
高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所