トランプ暗殺未遂事件から振り返る歴代の“大統領暗殺映画”有村昆が解説
陰謀論派の主張
先日、公開になった『フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン』という映画は、アポロ計画で人類は月に行っていない、あの月面着陸映像はスタジオで撮った、という有名な陰謀論を下敷きにしています。映画では、ソビエトよりも先に月に人類が降り立つために、アメリカがその威信にかけて偽装するという展開なんですけど、アメリカという国はどこかでそういうことをやりそうな雰囲気があるんですよね。 今回の事件でいうと、トランプ大統領が再選するために、ひと芝居を打ってもおかしくないというのが陰謀論派の主張です。 とはいえ、現場では実際に亡くなってる方もいらっしゃいますし、犯人もその場で射殺されているので、軽く憶測でとらえていい話でないとは思います。でも、たぶんこの事件は映画化されるし、それがアメリカというエンターテインメント国家の奥深さでもあるんですよね。 ケネディ暗殺事件もオリバー・ストーン監督の『JFK』をはじめ、何度も映画化されてるじゃないですか。でも日本で安倍元総理暗殺事件を娯楽作として映画化できるかいえば、難しい。 悲惨な事件をドキュメンタリーとして追っていくのはまだしも、エンターテインメントとして成り立たせるのは、ハリウッド映画ならではだと思いますね。 実際に起きた事件を映画化するときに、犯人がどうやって撃ったとか、警備の盲点など、事件そのものを解明していくパターンもありますが、我々が知りたいのはトランプを撃った側の犯人の心情だと思うんですよね。 そこで見直したい映画が『タクシードライバー』。1976年公開、マーティン・スコセッシ監督、ロバート・デ・ニーロ主演の不朽の名作です。 ベトナム戦争帰りのトラヴィスという青年が、ニューヨークでタクシーの運転手をしています。彼は同僚からは嫌われ、不眠症に悩まされ、大都会の片隅で孤独を募らせていくんですね。 トラヴィスは、次期大統領候補の上院議員の選挙事務所で働く女性と知り合ってデートに誘うんですけど、いつものクセでポルノ映画に行ってしまって軽蔑されたりと、なにをやってもうまくいかない。 するとトラヴィスは逆恨みして、上院議員の暗殺を企てます。拳銃で武装して演説が行われる集会に向かうんですけど、シークレットサービスに警戒されて断念するんですね。その夜、たまたま関わった少女の売春婦から搾取してるヒモとトラブルになり、思わず撃ってしまう。さらに売春であくどく儲けている一味を皆殺しにしてしまいます。もはや無差別テロのようなものなんですが、悪人を殺して少女を救ったということでトラヴィスはヒーロー扱いされるんです。 この『タクシードライバー』は、1972年に起きたジョージ・ウォレス大統領候補狙撃事件からインスピレーションを得たといわれています。そして、この映画を観て影響されたジョン・ヒンクリーという男が、1981年にレーガン大統領暗殺未遂事件を起こしています。 現実の大統領暗殺事件に、なにかと因縁がある作品なんですね。 まず、人を殺そうとした暗殺犯は悪です。今回のトランプ暗殺未遂事件だって、狙撃した犯人が圧倒的に悪い。どんな理由があったにせよ、暴力に訴える行為、テロ行為は許されません。 ただ、2度とこういう事件を起こさないためにも、犯人が何を考えていたかは検証したほうがいい。その時に、この『タクシードライバー』のような映画がヒントになると思うんですよね。 トラヴィスが大統領候補を殺していたら、世紀の大犯罪人です。でも、売春宿のギャングを皆殺しにしたら英雄になった。これって紙一重だなと思うんですよ。