「答えじゃなく共感をくれる、演劇というツールの特性が生かされた作品です」~ミュージカル『next to normal』演出家・上田一豪インタビュー~
2009年にブロードウェイで初演され、トニー賞楽曲賞やピューリッツァー賞に輝いた『next to normal(以下N2N)』。日本には2013年、まずはブロードウェイ版の演出を踏襲したレプリカ版として初上陸を果たし、2018年にはシアタークリエの開館10周年を記念したコンサート『TENTH』にダイジェスト版として登場、その際に演出を担った上田一豪が2022年には初めてフルバージョンを手掛けた。高い評価を獲得した2022年版からわずか2年、12月6日にシアタークリエにて、続投キャストと新キャストが入り混じる再演の舞台が開幕。稽古が佳境を迎えていた頃、上田に『N2N』への思い入れや手応えの程を聞くと共に、翻訳作品でも『この世界の片隅に』のようなオリジナル作品でも高い成果を挙げ続けられている秘密に迫った。 【全ての写真】上演中のミュージカル『next to normal』2024年版の舞台写真ほか
「ミュージカルってこういうもの、という固定概念を壊してくれた『N2N』」
――まず、この作品との出会いについてお聞かせください。 2009年に、ブロードウェイでプレビュー公演を観たのが出会いです。その頃の僕は日本での活動に限界を感じ始めていて、外国で勉強したいなと思って、留学先を調べるためにニューヨークに行っていて。その合間に観たうちの1本が『N2N』なんですが、ミュージカルでここまでのドラマを表現できるんだ、と感銘を受けました。映画だと、2ミリくらいの感情の動きも、たとえば瞳だけを撮ったりすることで伝えることができますが、舞台だとなかなかできないですよね。でもこの作品は、小さな感情の動きを丁寧に繊細に、しかも音楽によってエネルギッシュに伝えていた。僕の中にあった、“ミュージカルってこういうもの”という固定概念を壊してくれた作品です。 ――ではその時から、いつか日本で自分が演出したいと? 僕は、すごく好きな作品は、自分で演出したいとはあんまり思わないんですよ。演出込みで好きになってるから、自分がそれを超えられるとは思わない。だからダイジェスト版のお話をいただいた時も、この素晴らしい作品が日本でまた上演されることは喜ばしいと思ったし、ほかの誰かが演出してるのを観るのは悔しいからその意味でも嬉しかったですけど(笑)、やっぱりすごく怖かったですね。 フルバージョンのお話をいただいた時も同じで、バイブルのような作品だけに、僕にとっては大きなチャレンジでした。僕はどんな海外作品も、素晴らしい部分を損なうことなく、かつ日本のお客さんにちゃんと届くものにするためにはどうしたらいいかを考えて演出するんですが、この作品をそういうものにできる確固たる自信はなかったです。 ――でも出来上がった2022年版は、まさにブロードウェイ版の素晴らしさを損なうことなく、日本人の心にはブロードウェイ版以上に届く舞台だったと思います。 日本人が観た時に、“知らない人の話”じゃなく“自分と地続きの話”としてキャッチできるように、というのはすごく意識したところなので、そうなっていたなら良かったです。外国の物語を日本人が観る時って、それだけでちょっと俯瞰しちゃうものだし、この作品は双極性障害というテーマを扱っているから、よりそうなりがちだと思っていて。でも双極性障害の症状だけでは、感受性が豊かな人と病気を持ってる人を見極めるのは難しいんですよね。特殊なことではなく地続きの人間たちの物語に見えるように、どの言葉がどのタイミングで、どういう温度でお客さんに届くべきか、というところはかなりこだわらせてもらいました。 ――再演のお稽古が佳境を迎えていますが、手応えの程はいかがですか。 初参加の方もいらっしゃいますが、望海風斗さん、甲斐翔真さん、渡辺大輔さんは続投ということで、作品理解がさらに深まっているのを感じます。またそれぞれ、年齢や環境といった意味で人生のステージが少しずつ変わっていて、演じる役の感情線みたいなものに、より無理なく寄り添えるようになっている感じがするのも面白いですね。それに僕も2回目なので、このワードで心がこう動いて、この瞬間にこういう気持ちがあふれるようになりたい、という説明を丁寧にすることができている。説明の通りにやってほしいということじゃなく、板の上ではその瞬間瞬間に感じたまま演じてもらいたいんですが、僕の“好み”は全部お伝えできたかなと思います(笑)。そういうところに時間をかけられるのはやはり、再演ならではですね。