女子レスリングの東京五輪内定第1号となった53kg級・向田真優が乗り越えた“ポスト吉田沙保里”の重圧
女子レスリングを代表する存在である吉田沙保里氏が長年、世界の頂点を守り続けた階級を受け継ぐのは誰か。 何人もの候補のなかから至学館大学の4年生・向田真優(22)が53kg級日本代表としてカザフスタンで行われている世界選手権に出場し17日に決勝進出を決め、女子レスリングでは東京五輪代表内定第一号の座を射止めた。日本レスリング協会が決めた「2019年世界選手権大会においてメダルを獲得した者はオリンピック大会派遣選手とする」という代表内定の基準を銀メダル以上を確定させたことで満たしたのだ。 「オリンピックへ出ることは本当に、夢でした。その夢がいま、目の前に来ている。喜びでいっぱいだけれども、まだ一試合、決勝戦が残っています。そこに今までやってきたことをすべてぶつける気持ちで、53kg級でも世界チャンピオンになります」 決勝進出を決めた直後、向田は念願の五輪選手に内定した喜びを語りながら「53kg級の世界チャンピオン」になることへのこだわりを織り交ぜてきた。わかりやすい自己主張を滅多にしない向田が、53kg級で、と強調したのは、吉田の後を引き継ぐ一番手として日本代表に起用されながら、結果を残せず足踏みした2年前の記憶があるからだ。 リオ五輪が終わり、吉田が期限を決めずに選手生活から距離を置くと、ポスト吉田には複数の次世代選手たちの名前が挙がっていた。 そのなかから2017年、一番手として吉田が活躍した53kg級世界選手権代表になったのが、二十歳になったばかりの向田だった。東京五輪で活躍できる選手の育成を目指して設立されたJOCエリートアカデミーの三期生で、吉田と同じ三重県出身。ジュニア世界選手権でも優勝していた彼女がポスト吉田の最有力候補になったのは、当然のことと誰もが受け止めていた。
前年に五輪で実施されない階級だけの世界選手権へ55kg級代表として出場、優勝していた向田には、当然のことながら階級違いの世界連覇が期待されていた。ところが、決勝戦では残り数秒から逆転負けをしてしまう。試合後、もともと話し声が小さいのに、消え入りそうな声で、それでも必死に敗戦の弁を語っていた姿は、この先もレスリングを続けられるのだろうかと思うほど弱々しかった。 もともと、バリエーション豊かな攻撃を繰り返してリードしたのち、試合終了まで攻め続けられない「癖」を向田は指摘されていた。忠告は素直に受け止め改善も試みていたようだが、いざ試合になると終盤、足が止まったり後ろへ下がったりしてしまう。それでも試合に勝ち続けていたことが悪癖の改善を遅らせていた。しかし、53kg級の東京五輪代表候補として初めて世界を取りにいった瞬間に、最悪の形で直せなかった癖が襲いかかったのだ。 日本の女子レスリングで代表として活躍する選手たちは、ジュニアの世界で世界一になったあと、そのままシニアでも活躍する。同じ道を歩んできた向田にとって、シニアデビューが思うような結果で終われなかったことは、そのまま五輪まで走り続けようと思っていた若手選手にとって、大人の洗礼では済まされない酷な出来事だった。 その後、「課題は、強い気持ちで戦い続けられないこと」と向田本人はたびたび発言するようになった。そしてメンタル面での課題と向き合うため、いったん53kg級から離れた。2018年は55kg級で世界選手権に出場、世界チャンピオンに返り咲きもした。その間に53kg級では、大学の一学年後輩でもある奥野春菜が世界チャンピオンになっていた。 後輩に五輪階級での結果において先を越されたことに対しては、焦りも感じていただろう。だが、その苛立ちをまったく表に出さないまま「一回、一回を大切に」準備を重ね、2018年末から始まった東京五輪予選への代表選考会では奥野を退け、53kg級日本代表になった。