女子レスリングの東京五輪内定第1号となった53kg級・向田真優が乗り越えた“ポスト吉田沙保里”の重圧
「代表に決まってからのほうが、眠れなくなっちゃったんです」 念願の東京五輪に向けて、具体的に一歩進めたとたん、向田は逆に不安定な状態に陥った。 「世界選手権のことを考えすぎて、いつもなら日付が変わる前に眠れるのに、夜中の一時や二時になっても寝付けませんでした。代表を決める試合の前も一週間くらい眠れない思いをしたけれど、それとはまた、全然違う初めての気持ちです。メンタルに関する本を読んで落ち着こうとしたりしたけれど、あまり効き目がありませんでした」 不眠の悩みから脱出するきっかけになったのは、テレビで中継されていた柔道の世界選手権中継を見たこと。とくにケガに悩まされながらも注目の阿部一二三を破って初優勝した60kg級、丸山城志郎の姿に「最後まであきらめなければ夢を叶えられるのだと勇気をもらった」のだという。 9月17日、夢に近づくための向田の試合は全部で4試合。どの試合も先制しリードして始まり、何度か試合終盤に後ろへ下がってしまう場面も見られたが、「最後まで絶対にあきらめない」気持ちが途切れなかったことには満足しているという。決勝戦も、同じ気持ちでのぞむつもりだ。 東京五輪代表に内定したことでポスト吉田の位置に定まった向田に対しては、どうしても二人を重ね合わせたくなる人が少なくない。取材時にもそういった内容を聞かれることが多く、そのたびに、連覇や連勝が話題になり続けた吉田と違い「私は勝ったり負けたりの選手」だと、強すぎない否定を繰り返してきた。 喜怒哀楽が傍目にもわかりやすい吉田に対し、常に微笑みを浮かべている向田の本音は窺いづらい。はかなく細い音で話すので、その奥に潜む情熱は簡単には明かされない。それでも、連勝と連覇が当たり前だった吉田と自分は違いすぎると謙遜しつつ「そのなかでも頑張ってきた」と、2年前とは違う自信をのぞかせたことに、確かな成長の跡が刻まれていた。悩み抜いた彼女には、五輪金メダリストになる準備が整いつつあるようだ。 (文責・横森綾/フリーライター)