自動車部品業界が大再編時代に…アイシンと三菱電機モビリティが共同で新会社、「機電一体」化はローテクがカギに
■ ベンツ「EQC」向け基幹部品でボッシュがZFに負けた理由 独ベンツが18年に発売した同社初の量産型EV「EQC」では、基幹部品である「トラクションモーター」の受注に関してちょっとした異変が起こった。受注競争で、優位にあると見られたボッシュが、世界最大の変速機メーカーである「機械屋」の独ZFに敗れたのだ。 業界では「ボッシュには優れた歯車(ギア)の技術がなかった点が敗因ではないか」と見る向きもある。 「トラクションモーター」は、車を動かすために振動して熱を持つモーターと、逆に熱や振動を嫌う制御装置を一体化するノウハウが求められる。さらに、加速がいいEVは急激にギアに力がかかるうえ、急減速でもギアへの負担が大きいため、内燃機関車に比べて精密度の高いギアを造らないといけないという。 実は優れた歯車を造る技術が、EVの信頼性を左右する要因の一つなのだ。ZFは、歯車技術の塊でもある変速機を得意とするため、ベンツはZFに軍配を上げたと見られる。 ZFは10年ほど前から「機電一体」戦略を進めており、2015年に制御システムに強い米国のTRW系の企業を135億ドルで買収。巨額の資金を投資してソフト開発力を付けた。 同じくメガサプライヤーとして台頭してきたドイツの自動車部品大手のコンチネンタルも06年に米モトローラの自動車電子部門を、07年に独シーメンスの同部門を立て続けに巨額買収することで「機電一体」戦略を推進した。 当然ながらアイシンは同じ「変速機屋」であることからこうしたZFなどの動きは把握していると見られ、ZF同様にソフトウエア領域の強化に動き、三菱電機モビリティと手を組んだのであろう。
■ AIなどハイテクを磨くだけでは不十分 トヨタグループではこの「機電一体」の観点から、電子部品に強いデンソーと、アイシンが中心となり、そこにトヨタも出資して「ブルーイーネクサス」というトラクションモーターを手掛ける会社を2019年に設立していた。しかし、トヨタグループ内からは「デンソーとアイシンの間のコミュニケーションがうまくいかないことなどから、あまり機能していない」といった声が漏れている。 こうしたことも影響し、アイシンが単独で三菱電機モビリティと組み、ソフトウエア領域を強化する流れになったのではないか。 今後、日本の自動車部品業界でも再編が加速するだろう。再編しなければ生き残れない。すでにホンダ系部品メーカー3社と日立製作所系の日立オートモティブが経営統合して2019年には日立アステモが誕生している。 パナソニックも子会社で自動車部品を手がけるパナソニックオートモーティブシステムズ(PAS)の株式の一部を米投資ファンドに売却する。PASは1兆円近い売り上げ規模はあるが、収益性が低い。 PASの売却については数年前から業界で噂が出ており、トヨタグループのある企業に売却を持ち掛けたが断られたとの情報もあった。PASの中にはコックピット事業などソフトウエア領域で将来伸びる可能性のある事業もあり、こうした事業は今後、相乗効果が期待できる会社に売られる可能性もあるだろう。 これまで日本の自動車部品産業は、大きな再編をしてこなかった。それは、各メーカーが得意分野に専念し、サプライチェーンの頂点にある完成車メーカーに言われるままの取引を重視していれば経営が成り立ったからだ。 しかし、EVシフト、自動運転関連技術の進化などにより、自動車そのものの在り方が変化している。こうした時代に生き残るためには、単に下請けに徹するのではなく、「得意技」は磨きつつも、技術領域を拡大してあらゆるニーズに対応できる能力が求められるのではないか。 そこでは、人工知能などのハイテク領域の技術だけを磨いていればよいという単純な話ではない。 井上 久男(いのうえ・ひさお)ジャーナリスト 1964年生まれ。88年九州大卒業後、大手電機メーカーに入社。 92年に朝日新聞社に移り、経済記者として主に自動車や電機を担当。 2004年、朝日新聞を退社し、2005年、大阪市立大学修士課程(ベンチャー論)修了。現在はフリーの経済ジャーナリストとして自動車産業を中心とした企業取材のほか、経済安全保障の取材に力を入れている。 主な著書に『日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年』(文春新書)、『自動車会社が消える日』(同)、『メイド イン ジャパン驕りの代償』(NHK出版)、『中国発見えない侵略! サイバースパイが日本を破壊する』(ビジネス社)など。
井上 久男