『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』巨匠リドリー・スコットによる真正面からの“再創造” ※注!ネタバレ含みます
キューブリックへの忠誠
スコットのキューブリックに対する尊崇の念は、直近だと前作『ナポレオン』(23)で示されている。かつてキューブリックが、ナポレオンの伝記映画を企画していたことを知る映画ファンは多いだろう。残念ながら実現は叶わなかったが、同企画のためにおこなった膨大なリサーチを活かし、キューブリックは18世紀のヨーロッパを舞台に、貴族レドモンド・バリーの数奇な半生を描いた近世時代劇『バリー・リンドン』(75)を完成させている。 いっぽうCMディレクターだったスコットが初めて手がけた劇場長編映画『デュエリスト/決闘者』は、その『バリー・リンドン』に触発されたものだ。背景となるナポレオン統治下の時代描写に加え、美術や撮影スタイルなど、同作に見られる特徴は『バリー・リンドン』の影響下にある。なのでスコットがナポレオンの伝記に着手すると聞いたとき、キューブリックが果たせなかった企画をスコットが受け継ぐのだと感動を覚えたものだ。 実際、スコット版『ナポレオン』は、キューブリックの幻の企画に目を配りながらも、その作りは『バリー・リンドン』の鋳型から抜いたような全体像を放つ。ナポレオンが軍人から皇帝へと権力の頂点に達し、色恋にキャリアを翻弄されて身を持ち崩す。その一栄一落の図式はまさにレドモンド・バリーの人生と重なる。歴史の大局から個人史へと視点を泳がせていくその話法が、おのずとスコット版『バリー・リンドン』と呼べるものへと転調しているのだ。 『グラディエーターII』は、そんなキューブリックが1960年に発表した『スパルタカス』からの影響を隠すことはできない。ハワード・ファストが執筆した1951年の小説に基づくこの史劇スペクタクルは、ローマ帝国の圧政に抵抗し、反乱軍を組織し立ち上がった剣闘士スパルタカスの勇気ある物語だ。そこには奴隷生活のリアリティや、本格的な軍勢の戦いや剣闘士の戦い、そしてローマの政治的陰謀に対する機知に富んだ描写があり、剣とサンダルの叙事詩を寓話的な悲劇のレベルにまで高めている。 体制に反意を示す英雄の物語ーー。影響という観点からすれば、『グラディエーター』も充分に『スパルタカス』の影響下に置かれているだろう。しかし『グラディエーターII』の『スパルタカス』への目配せは、『ナポレオン』における『バリー・リンドン』レベルにまで顕在的で確信に満ちている。劇中でもそれを認識させるシグナルを発しており、例えば『スパルタカス』の名場面として知られる、スパルタカスをかばって奴隷たちが「私がスパルタカスだ」と次々に名乗りを上げるシーンや、剣闘士養成所での練習シーンをあからさまな形で引用している。 『グラディエーターII』に『スパルタカス』からの影響を指摘するのはあまり生産的な行為とは思えないが、それでも、二人の偉大な映画人のリンクを推測するのは鑑賞後のディスカッションを大いに盛り上げてくれる。世間の作品評価は真っ二つに割れているようだが、自分は知人らと楽しくシネコンを後にし、先の話題で盛り上がったことを伝えておきたい。 文:尾崎一男(おざき・かずお) 映画評論家&ライター。主な執筆先は紙媒体に「フィギュア王」「チャンピオンRED」「映画秘宝」「熱風」、Webメディアに「映画.com」「ザ・シネマ」などがある。加えて劇場用パンフレットや映画ムック本、DVD&Blu-rayソフトのブックレットにも解説・論考を数多く寄稿。また“ドリー・尾崎”の名義でシネマ芸人ユニット[映画ガチンコ兄弟]を組み、TVやトークイベントにも出没。 Twitter:@dolly_ozaki 『グラディエーターII 英雄を呼ぶ声』 大ヒット上映中 配給:東和ピクチャーズ ©2024 PARAMOUNT PICTURES.
尾崎一男