「生理はガマンする時代じゃない!」競泳元日本代表の伊藤華英さんインタビュー
PMS(月経前症候群)を知らずにいた、現役時代
このプロジェクトは、生理に関して正しい知識がない若い女性アスリートや、生理の悩みがあっても「誰に相談していいかわからない」と不安に感じている中高生やその指導者、家族などに広く情報を提供すること、そして相談に対応できる場所をつくることを目指しています。 「私の現役時代は、生理は完全に個人の問題とされていて、誰かに相談できるような環境ではなかったですね。競技会では1、2分単位でスケジュール管理をしますから、もしも生理が重なったら、レース前にタンポンをいつ入れるかまで考慮しなくてはならないのが大変で…。でも、10代の頃は、生理をずらすためにピルを飲むなんて考えられなかった。ピルに関する情報もありませんでしたし、『薬といえばドーピング』というイメージで、むしろ薬にはすごく神経を遣っていましたから。 また生理は物理的に経血があるということだけではなく、メンタルの問題も大きいですよね。私は生理不順ではなかったんですが、よく不安になったりイライラしたりはしていました。ちょっとタイムが落ちて、落ち込んだりするのは自分のメンタルが弱いせいだと思っていたんです。それがPMS(月経前症候群)の症状だったことを、引退してから初めて知りました。 それに、婦人科は妊娠したら行くところ、もしくは病気になった人が行くところだと思っていました。月経痛がしんどいとか、月経の悩みがあるだけでも行っていいんだ、ということを知らなかったんです」 PMS(月経前症候群)だけでなく、PMSの一種でメンタル不調の強いPMDD(月経前不快気分障害)や、強い生理痛のある「月経困難症」、過剰な運動や食事制限で生理がなくなる「運動性無月経」など生理の問題はさまざまで、しかも個人差が大きいもの。一人一人の抱える悩みが違うため、指導者にも正しく知ってもらう必要がある、と伊藤さんは言います。
生理のわずらわしさをハッピーに変える!
「そもそも、アスリートにとってのコンディショニングは『栄養・休養・練習』が柱です。女性はそこに『月経コンディショニング』も追加しなければなりません。 学生アスリートの場合、まず最初に相談する人が正しい知識を持っていることが大事なんです。スポーツの指導者は男性が多いですが、男性でも月経コンディショニングが大事だとわかっている人は少なくありません。ただ、そこから先、どう対応していいのかわからない。もしくは、男性指導者が生理に関する発言をすることが生徒側に受け入れてもらえないという悩みもあります。 『生理がつらい』『ナプキンが足りない』『この症状は病院に行ったほうがいいの?』そんな訴えに、ちゃんと答えられる知識が必要なんです。あなたひとりで悩まなくていいんだよ、と言ってあげられる知識が。 そして、女性アスリート自身も、自分の生理の仕組みや、ホルモンのバランスを知ってほしい。この時期にはイライラする、食欲が高まる、この時期は落ち込みやすい、といったサイクルを知って、生理に振り回されず、心身を自分でコントロールできるようになるのが理想ですよね」 ホルモンに支配されている部分の大きい女性の体や心に関しては、近年、生理周期とトレーニング、コンディショニング関連の研究が活発になってきました。例えば、卵胞期と黄体期を比べて、どちらがパフォーマンスが上がるか、筋肥大効果が高まるかといったデータも上がってきています。ただし、生理周期に伴う体調の変化は個人差が大きいうえに、さまざまな因子が影響しているなど、まだ解明されていない部分も大きいよう。 「私たちの『1252プロジェクト』も、今後、きちんとしたエビデンス(裏付けデータや科学的根拠のこと)を持つ団体になりたいと思っています。東京大学医学部附属病院との連携も始まりました。東大病院で『女性アスリート外来』を持つ医師、能瀬さやか先生のサポートのもと、最新の専門的知見のもとで情報発信ができるようになったのもうれしい進歩です」 伊藤さんは「1252プロジェクト」のHPで、能瀬先生と一緒に各界の女性アスリートと「生理×スポーツ」に関する動画を連載するほか、各地の学校で学生やスポーツ指導に当たる教員へのセミナー、講演会などを精力的に展開。プロジェクトでは全国の学生や指導者への意識調査アンケートも進めています。 「以前は、スポーツ選手にとって月経はつらくてもしかたがないもの、ガマンして当たり前という意識だったと思います。現在は『女性アスリート外来』のような医療機関も増え、ピルなどで生理周期をコントロールするという選択肢もあります。アスリートも一般女性も、月経の悩みをガマンして当たり前、という時代ではありません。 月経はわずらわしいものだし決してハッピーではないけれど、きちんと受け入れて対処することでハッピーになれる! ということを伝えていきたいと思います」 元競泳日本代表 伊藤華英さん 1985年生まれ。2000年、15歳で日本選手権に出場。2001年の世界選手権から女子背泳ぎ/自由形の選手として活躍。2008年北京オリンピック、2012年ロンドンオリンピックに出場。輝かしい成績を残して2012年に現役引退。引退後は大学院に進み、博士号を取得。2019年に結婚し、現在は1児の母に。スポーツの発展・価値向上のために活動する中、2020年より一般社団法人「スポーツを止めるな」の理事を務める。2021年、女性アスリートが抱える体とスポーツの課題に対し教育活動や情報発信をする「1252プロジェクト」を発足し、プロジェクトリーダーに。 取材・文/蓮見則子 撮影/さとうしんすけ