井上尚弥17歳が本気で挑んだ“最大の壁”…「普通にやれば勝てると思っていた」柏崎刀翔はなぜ敗れたのか? リング上で初めて知った“怪物の正体”
井上尚弥の衝撃「スピードも強さも予想の2ランク上」
ゴングが鳴り、拳が交差する。「うん!?」。 細い体つきの17歳が放つパンチではない。リングの外から見る井上と、リング上で体感した井上は違っていた。 「こんなもんかな、と算段をつけていた遙かに上。スピードも強さも1ランクじゃなくて、2ランクくらい上をいっていたんです」 そのとき合点がいった。華井がパーリングできなかった現象を理解できた。まだ出来上がっていない細身の体と、放たれるパンチ力にはギャップがあり、ジャブは重く、ストレートは速くて強い。だが、柏崎は前に出て、井上の速い出入りとストレート主体の闘いについていった。 「フック気をつけろ、フック気をつけろ」 セコンドに就く井上の父・真吾の声が聞こえてきた。柏崎の武器である左フックが警戒されている。2ラウンドまでは互角。だが、最終3ラウンド。左フックを読まれ、右を浴びた。判定は8-5。レフェリーが井上の右手を挙げると、よほど嬉しかったのか、井上はもう片方の手でガッツポーズをしている。
「高校生に負けた。だっさ!」と先輩に揶揄され…
試合後、柏崎は体育館のシャワー室で泣いた。大学生が高校生と闘う重圧。負けてはならない――。そんな会場の視線をずっと感じていた。 「対(林田)太郎さん、という目標をやっと達成できたのに、今度は新星。大学生が勝って当たり前で、高校生とやるメリットはないんですよ。負けたらどうしても、おまえちゃんとやっているの? みたいな感じになるし」 林田という高い山を登り切ったと思ったら、目の前に井上という急峻な登山道が飛び込んできた。案の定、口の悪い先輩からは「うわー、おまえ、高校生に負けた。だっさ!」と揶揄されることもあった。まだ、井上尚弥という名が全国区になる前のことだった。 柏崎もまだ19歳の大学2年生で、2年後にはロンドン五輪が控えている。気持ちを切り替え、未来を切り拓くしかなかった。 8カ月後、井上との再戦の機会がやってくる。兵庫県西宮市で行われた世界選手権代表者選考会。一つの階級に選手4人しかいない。選ばれし者がトーナメントで代表の座をかけて闘う。柏崎は初戦で井上と対戦することが決まっていた。 「次は絶対に勝たなくてはならない」 強迫観念に近いような感覚。再戦を楽しむ余裕はない。おのずと自分自身を追いつめていた。 リングに上がると、動きが硬く、頭で考えていることと体の動きが一致しない。自分をコントロールできず、途中で切り替えることもできなかった。セコンドは柏崎の闘いぶりに呆れかえり、インターバルで水をくれなかった。 一方の井上はこの間に国際大会に出場し、海外のジャッジからも評価されるアウトボクシングの洗練されたスタイルを随所に見せた。 「自爆ですね。本当に硬かった。『勝たないと』という気持ちが強すぎて自分に負けた。やってきたこと、練習してきたものを一つも出せなかったんで。自分が悪いです」 翌日、トーナメント初戦で敗れた選手同士の試合が組まれたものの、多くの選手が出場を辞退した。だが、柏崎は「やります!」と手を挙げ、リングに上がった。信じられないくらい動ける。重圧から解き放たれ、練習で培ってきたものを全部出せた。背負うものがなくなると、こうも気持ちよく試合ができるのか。 「前の日にあれくらいできていれば、いい試合ができたかも……。ワンチャン勝てたかも……。そんな風に思っていましたね」
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