性暴力・暴言・万引き…「家族だけで対応するのは無理」前頭側頭型認知症を知る
高齢者だけでなく30代や40代で発症するケースも。イギリスの新聞『The Telegraph』で紹介された2つの事例を紹介する。 【事例1】オックスフォード大学で修士号を取得しているマークさんは40歳で発症。かつては温厚な性格だったが、他人に無神経な言葉を連発するようになった。やがて目についたものを手あたり次第に食べるようになり、ついにはせっけんや石まで口にするように。妻や子どもがいくらたしなめても、これらの行動は止まらなかった。 【事例2】がんを専門として働いていた看護師のアンナさんは36歳で発症。以前は献身的で思いやりのある看護師だったが、大声を出し、他人に失礼な言動を繰り返すようになった。奇声を発したり、壁に頭を打ちつけたりする不可解な行動も出現。食べ物は炭水化物しか口にしなくなった。 「記事によると、2人とも前頭側頭型認知症の診断がなかなかつかなかったそうです。実はこの病気は、発症してもしばらくは知的水準が低下せず、記憶力も保たれます。 ですから、家族はもちろん医療者でも異常な言動の原因が脳の病気だと気づかないケースがほとんど。2人とも若いですから、その点でも診断がつきにくかったのでしょう」 この病気は残念ながら治らない。予防法もなく、ひとたび発症すれば、あとは進行するのみ。 「現在、わかってきたのは発症には遺伝が関わっている、ということ。研究によると、患者のうち4割が遺伝性とのこと。また、この病気を引き起こす遺伝子変異は、10数種類が知られています」
疑わしいのはキレて会話にならない患者
実際に発症する人はどのくらいいるのだろうか。 「世界的にはすべての認知症のうち、5~10%が前頭側頭型認知症と推定されています。一方、厚生労働省によると日本の認知症患者の中で前頭側頭型認知症が占める割合は、わずか0.4%。別のデータでも、0.17%や1%で、日本では非常に少ない、ということになります」 日本人は前頭側頭型認知症になりにくい、ということ? 「この病気を引き起こす遺伝子変異が日本人には起こりにくい可能性は確かにあります。しかし私の個人的な見解は、そうではありません。ただ単に診断がきちんとなされていない事例が多いだけではないか、と考えています」 認知症の中で最も多いのはアルツハイマー型だが、多くの場合、本人や家族が物忘れなどの初期症状に気づいて病院を訪れる。 「私の病院に、認知症が疑われる患者が来院したら、時間をかけて問診を行い、簡易検査を実施します。このとき、患者さんは比較的、協力的なケースが多いといえます」 一方、前頭側頭型認知症の場合、本人に病気の自覚はなく、物忘れなどの認知症に典型的な症状もない。そのため、認知症を疑って来院することはまれ。たとえ受診しても、キレやすく会話も成り立たないため、問診や検査に協力してもらうことも難しい。 「別の症状を主訴に受診した患者さんの中で、前頭側頭型認知症が強く疑われたケースは、いくつか経験があります。2つの事例を紹介しましょう」 【事例1】50代の男性。「尿道が痛い」という理由で来院。診察前に症状や経過を記入してもらう問診票には、〈×××(男性器を示す幼児語)〉という言葉が記入されていた。診察室でもこの言葉を連呼。「では検査をしましょうか」と言っても話がかみ合わず、だんだん怒り出し、「おまえでは話にならん」と捨てゼリフを吐いて、診察室を出ていった。身なりはややだらしなく、敬語を使うことは一切なかった。 【事例2】60代の男性。湿疹で受診。診察室に入ってきたときから大声で自分の言いたいことだけを話し、問診しようとしても言葉を遮り、同じ話をひたすら繰り返す。どうやらいくつかの病院を受診したけど治らないので、次々と病院を替えている様子。最後まで話はかみ合わず、そのうち怒って帰っていった。 「他にも初めからケンカ腰で乱暴な言葉遣いだったり、問診してもとんちんかんな答えが返ってきたり、前頭側頭型認知症が疑われるケースがありましたが、いずれにしても『認知症の可能性がありますから、専門医を受診しませんか』とはとても言えませんでした。 そんなことを言えば、逆鱗(げきりん)に触れるだけですし、そもそも会話が成り立たないケースが多いからです」