こんなはずでは…。2億円で〈同業買収〉を決めた金属加工メーカー、売り手企業の「まあ大丈夫だと思いますよ」を鵜呑みにした結果
二つの事例から見る、M&Aで陥りがちな「罠」
M&Aの目的は譲受側と譲渡側で異なる。譲受側の目的は、新たな経営資源の獲得による収益拡大(売上高の上昇や利益率の向上)である。一方、譲渡側は事業承継(後継者不在の解消)や資本増強(大手企業のリソース活用)、あるいは創業者利益(創業者の自社株売却によるキャピタルゲイン)などが考えられる。 前述の二事例(A社&B社、C社&D社)は、いずれも譲受側と譲渡側の目的は満たしている。しかし、その結果には違いが現れた。この違いはどこから生まれてくるのだろうか。本稿ではまず大きく三つの視点を示したい。 一つ目は、「M&Aが目的化していないか」ということである。M&Aを実施することがゴールになってしまうと、ディールを進めるに当たり行われる一連のプロセスが簡略化される場合がある。M&Aにおける各種プロセスは、リスクヘッジの観点からはどれも抜けてはならない「手続き」である。M&Aのプロセスを理解し、どれを省略するのかではなく、実施範囲をどうするかという判断基準からディールのスピードを考える必要がある。 二つ目は、「M&Aに関する事前準備」である。譲受側でいえば、M&Aのターゲットの具体化や投資条件の設定など、いわゆるM&A戦略を持ち合わせているかどうかという点に集約される。よりさかのぼると、M&Aを実行するもととなる中長期ビジョン・中期経営計画の有無にもつながる。譲渡側でいえば、自社の強みの整理を行い、譲受側に対して効果的に自社のアピールができるかどうかということになる。M&Aの成功確率は準備の出来具合によって大きく変わる。 三つ目は、「M&Aで実現したいことの想定」である。譲受側であればM&Aによる事業の成長、譲渡側であればM&Aを通じて事業存続や効率的な事業運営を図るといったことである。譲受側と譲渡側が一緒になることでシナジーを生み出し、グループ全体の業績向上や企業風土の改善が成し遂げられることが重要である。これらが外部から評価されることによって「企業価値」になるのである。近年は企業価値の向上がよく叫ばれるが、極論すると、M&Aによって自社を「ありたい姿」へ変革させるイメージが、事前にできているかということである。 これら三つの視点を持っていると、M&Aの実行において可能な限り良い方向へ進むことができる。もちろん、M&Aを「成功」させることは一筋縄ではいかないが、想定した方向へと導くことはできるはずである。 【著者】丹尾 渉 株式会社タナベコンサルティング執行役員 M&Aコンサルティング事業部長 【監修】株式会社タナベコンサルティング 戦略総合研究所
丹尾 渉