世界の研究者が驚いた観察眼「サルしかいない動物園」の高崎山が70年続く秘密 名物ボス、観光名所…でも本当に凄いのは職員
野生ニホンザルの餌づけで知られる大分市の高崎山自然動物園は今年3月、開園70年を迎えた。取材で訪れると、園に30年以上勤める藤田忠盛さんは、周辺でくつろぐサルたちを優しい眼差しで眺めながら話した。「ほかの動物園と違ってサルしかいないのに、よく続いてきたと思う。だからこそ一層、ガイドの役割は重要だと思っている」 【写真】母ザル「マボロシ」にしがみつく、赤ちゃんザルの「ペッパーミル」 4月
ガイドとしてマイクを握った藤田さんは、集まったサルたちのうち一匹を指さしながら、近くで身守る来園者たちに説明を始めた。 「彼はすぐキレるんですよ。すぐキレる個体がトップにいると組織がおかしくなる。人間社会でもそうですよね」。このサルは、高崎山にいる3つの群れのうち「C群」の頂点に君臨していた「ロバート」。藤田さんの軽妙な語りは続く。 「この群れにいてもモテないので、別のB群に移ろうとしているんですよ。そうすると急にモテるようになる」。来園者たちから笑いが漏れた。ロバートは11月に、藤田さんの予想どおりB群に移った。 藤田さんは、園内に現れる約1000匹のうち、名付けが済んだ約400匹を見分けることができる。それぞれの性格や来歴なども把握している。 サルに名付けるのは、高崎山では1953年の開園当初からあった文化だ。後になって日本の研究者がこの「名前を付けて個体識別する」という手法を紹介。これが、以前はほとんど知られていなかった「サル社会の複雑さ」を解き明かす鍵となり、各国の霊長類研究者を驚かせたという。どうやれば400匹ものサルを見分けられるのか。さらに、そもそも世界でも珍しいサルだけの動物園がなぜここにあり、70年も続いているのか。(共同通信=大日方航)
▽市長の妙案、自らほら貝で呼び集めようと… サルたちはもともと、標高628メートルの高崎山に生息する野生のニホンザル。これを餌付けして観光客に見せる構想は、70年以上前の市長が打ち出した。当時もサルが農作物を荒らす被害に周辺の農家は悩まされていた。餌付けすることで被害を抑え、観光収入も生み出す「一石二鳥」の妙案だった。 大分市によると、計画を実行に移したのは1952年11月。高崎山麓の寺院の敷地にリンゴを運び込み、市長みずからほら貝を吹き鳴らして呼び集めようとした。しかし、サルたちは警戒しているのか姿を現さない。 それでも諦めず、サツマイモをまくなど試行錯誤して1953年2月にようやく餌付けに成功。翌月の開園にこぎ着けた。すると「野生のサルを間近で見学できる」と評判になり、人気の観光地に成長。ピーク時の1965年度には約190万人が訪れた。 学術研究にも貢献。サルの「芋洗い行動」で知られる宮崎県串間市の幸島とともに、京都大の研究者の調査に協力している。