原爆投下は「不幸だが必要」だったのか ボストン大教授が日米の認識を比較
アメリカの原爆に対する認識について語るボストン大のトーマス・バーガー教授(撮影協力:NewTV)
9日、長崎に原爆が落とされてから70年を迎えた。70年前の8月に原爆が広島と長崎に投下されたことを今、日本や世界中の人々が思い出している。その原爆の記憶は、当事者のアメリカではどのように認識されてきたのだろうか。ボストン大学で国際関係学の教授を務めるトーマス・バーガー教授に、アメリカ国内での原爆に対する認識について話を聞いた。
「ヒロシマとナガサキの記憶は、いまもアメリカで生き続けている」
原爆投下前、アメリカのニュース映画が原爆の破壊力と人的影響は小さいと強調していたにも関わらず、原爆によってもたらされた被害は甚大なものだった。この見方は、戦後数年でアメリカ社会へと広がっていった。 「1950年代には既に、アメリカ人を含む広い国際社会で、原爆はひどい出来事だという認識があった。私はこの理解は、今もアメリカ人の中に残っていると考える。ヒロシマの記憶は、アメリカ国内で何十年にもわたり、映画や英訳された『はだしのゲン』といった漫画などで語られてきた。戦後70年を経て、直接関わった世代がほとんどいない中、ヒロシマとナガサキの記憶がアメリカ社会で現在も生き続けていることは、とても注目に値する」とバーガー教授は語る。
原爆投下は「不幸だが必要」だったが支配的
バーガー教授は、原爆投下の是非について知識人の間では大きな議論となってきた一方で、政治的なレベルでは議論にならなかったと指摘する。 「原爆投下について、アメリカ人と日本人の考え方には大きな違いがある。日本は、原爆投下をほとんど『許し難い残虐行為』だと、ずっと考え続けている。アメリカにおいて支配的な見方は、『原爆投下は不幸だが必要なこと』というままだ」 「原爆投下は不幸だが必要」とは、どういうことか。バーガー教授は続ける。 「もし原爆を広島と長崎に落とさなければ、戦争が続き、多くのアメリカ人の命が失われたという考えだ。アメリカ側の予想では、沖縄や硫黄島を含む太平洋の島々で日本が示した頑強な抵抗を思えば、アメリカが本土に侵攻した場合、多くの犠牲者が出るというものだった。さらに、本格的に日本に侵攻したならば、膨大な数の日本人の命も失われるのではないかという懸念があった。スティムソン陸軍長官は、東京を含む日本の大都市に対して行われた、通常の空襲が残した甚大な被害の写真を見た際にショックを受けた」。ゆえに、「アメリカ国内の支配的な見方は、『原爆投下は不幸だが必要なこと』であり、『原爆投下が終戦を早めた』という考え方であったし、今もそうであり続けている」