【美容医療できる人とできない人】で、見た目30歳から40歳の差がつく恐怖が生むもの
人気連載「齋藤薫の美容自身 STAGE2」。今月のテーマは「むしろルッキズム増幅。なぜ今、“美差別”さえ生まれつつあるのか?」後編をお届け。
人間社会における三大差別……人種差別、性差別、年齢差別は、いずれも変えられない運命にまつわる差別。外見は本来が“変えられない運命”。ただ気づいていただろうか? 今、美の世界で新しい格差が生まれていること。ある意味の“美差別”が起こりそうになっていること。美容医療による若返りは、外見という“本来が変えられない運命”を変えられる。そういう意味での“美差別”が生まれたとしたら、人類史上初めて、“変えられる運命”でも差別が起きてしまうということになる。 ズバリ言って、今や美容医療で人間いくらでも若く美しくいられる。ちょっと前まで“いじった顔”は不自然だったが、方法もテクニックも日進月歩。やったことがまったくわからないのに、それこそ“奇跡”としか言えないほど若く美しい50代、60代が増えている。嘘のように“自然な仕上がり”が現実のものとなれば、やるのが当たり前の時代になるのだろう。 しかしそうなったらなったで、やってくるのは“見た目”の経済格差。60代が30代のような若さ、美しさを保つことはまったく可能になるけれど、もちろんより自然により長くその仕上がりを保つためには、それなりの経済力が必要となってくる。いや正直な話、一般的な収入では、驚く若さを生涯保つなんて到底無理。美容医療の怖さは、ずっと続けなければ意味がないという点にあり、金持ちだけが、信じられない若さを生涯キープし、年金生活者とは見た目30年、40年の差が出てしまうかもしれず、何だか怖くなる。 話が飛躍しすぎだけれど、ある国ではお金持ちは基本的にみな整った顔をしているので(遺伝的なものだろうが)二重の差別が起きてきたといわれる。そんなことは有り得ないと思いたいが、そう言い切れないものがあるのだ。 だから「美容医療のためにお金を稼ぎましょう」という話ではもちろんない。美容医療に多額のお金をつぎ込むために、夜のバイトを余儀なくされている20代、30代は少なくないというし、それが今や10代にまでに低年齢化しているのも、むしろルッキズムが増幅している証。実は、小中学校でも“美差別”が蔓延し始めているというのだ。 あのルッキズム批判は一体何だったのかと思うほど、逆に“美差別”が増えている今、それを心に留め置いて、美しくなりたい人ほど、人を外見で判断しないこと。当たり前すぎて今さら強く訴えるのも恥ずかしいようなその暗黙のルールを守っていきたいのだ。 つまりこんな時代だからこそ、大人たちが美に対してもっと正しい意識を持つべきだと言いたいのである。キレイになりたい気持ちは、誰もが持っていて当然のこと。でも何か最近は、顔だけキレイならいい的な美意識が世の中を支配しつつあって、それが何だか怖いのだ。 ある有名なメイクアップアーティストが、「最近、本当に顔だけの人が増えていて、何か違う気がする」と語っていた。特に分別ある大人が顔だけになってしまったら、世の中本当に薄っぺらく危ない社会になってしまう。だからこそVOCEの読者のような美に対して高い志を持つ人たちが、本当の美のあり方について改めて考えてみてほしいと思ったのだ。人はトータルでの美しさを目指すべき。体の中まで、心の奥底まで、才能の煌めきまでが美しい人を「美しい」という、美の本質に立ち戻ってほしいと思うのである。 分別ある大人が“顔だけ”になってしまったら、世の中本当に薄っぺらく危ない社会になってしまう。VOCEの読者のように、美に高い志を持つ人たちが、本当の美のあり方について改めて考えてみるべき時。人はやっぱり体も心も、トータルでの美しさを目指すべきと! 撮影/戸田嘉昭 スタイリング/細田宏美 構成/寺田奈巳 Edited by 中田 優子
VOCE