既往症・持病持ちの治療(1)心不全を合併する2型糖尿病患者は薬の選択に注意
医療技術の進歩で、さまざまな病気が治療できるようになった。それ自体は喜ばしいことだが、その分、持病持ちの患者が増え、合併疾患の治療の難しさが課題になっている。そのひとつが「心不全」の持病がある糖尿病治療だ。患者はもちろん、その家族はそのことを知ったうえで治療に臨む必要がある。糖尿病専門医でしんクリニック(東京・蒲田)の辛浩基院長に話を聞いた。 ブームが続く「サウナ」で死にたくない…心臓死の報告も 心不全の患者数は超高齢社会(65歳以上が人口の21%を超えた社会)の進展と治療成績の向上により、「心不全パンデミック」と呼ばれるほど急増している。 実際、心不全の患者数は2020年で120万人と推計され、団塊の世代が全員75歳を越える2025年以降はさらに増え、2035年には130万人に膨れ上がるといわれる。 一方、生活習慣の西洋化により糖尿病患者が激増しており、2020年の「患者調査」によると、現在治療を受けている総数は579.1万人だ。その結果、心不全を合併する2型糖尿病患者が激増しているのだ。 「2型糖尿病にとって心不全は最も多い合併症のひとつであり、心不全は2型糖尿病患者の最初の入院の原因との報告もあります」 1948年にスタートし、現在も継続している米国の心血管疾患抑制のための大規模疫学調査「フレミングハム研究」によると、糖尿病患者の心不全発症率は、そうでない人に比べて男性で2倍、女性で5倍に上ると報告されている。米国の3大健康保険システムのひとつの加入者を分析したところ、2型糖尿病の患者の心不全リスクは75歳未満で3倍、75~84歳で2倍に上った。 なぜ、2型糖尿病患者は心不全を起こしやすいのか? 「従来は、合併しやすい高血圧や脂質異常症、あるいは喫煙習慣などが心臓の最も太い血管である冠動脈を詰まらせて心筋梗塞を起こし心筋が損傷、心臓の収縮機能が低下して心不全になると考えられていました。しかし、近年の研究で、直近1~2カ月の平均的な血糖を示すHbA1cが上昇すると心不全リスクが上昇することがわかり、心不全のある2型糖尿病には血糖依存性があることがわかったのです。これは心臓の細い血管、つまり毛細血管の内皮細胞障害により、心臓の拡張機能が障害される拡張型心不全が原因と考えられています」 ■血糖コントロールを強化すればいいわけじゃない では、心不全のある2型糖尿病患者への治療は通常の2型糖尿病患者への治療と何が違うのか? 「血糖コントロールは最も重要ですが、厳格にコントロールしすぎることが必ずしも良くない、と考えられます。3.4万人の2型糖尿病患者を対象にした13研究のメタ解析では、強化血糖降下療法は心血管イベントを低下させるのではなく、逆に47%増加させた、と報告しています。理由として考えられるのは、強化血糖降下療法による低血糖とそれに伴う交感神経の亢進が心不全の発症リスクを高めるとの見方です。また、心不全リスクを高める可能性がある薬を回避する必要があります。例えば、SU(スルホニル尿素)剤はメトホルミン単独と比べて心不全を18~30%増加させた、との報告があります」 インスリンは2型糖尿病の末期に使われることが多いため、心不全との関係を2型糖尿病の飲み薬と同等に見ることはできないが、観察研究では心不全の発症リスクを高めた、との報告がある。 また、インスリン抵抗性を改善し、筋肉などへの糖の取り込みや肝臓での糖放出を抑えるチアゾリジン誘導体のピオグリタゾンが心不全の発症を増加させることが知られている。 逆に、心不全に有効とされるのはSGLT2阻害薬だ。 「SGLT2阻害薬であるエンパグリフロジンの開発において、その安全性や効果を検証するため、42カ国から7000人の2型糖尿病患者が参加した多施設無作為化比較試験が行われました。そのときの心不全による入院が、エンパグリフロジン群では2.7%に対し、偽薬群は4.1%だったことが報告されています。その後に行われたカナグリフロジン、ダパグリフロジンの心不全死・入院の効果も同じように良い結果が示されたのです」 なお、日本ではメトホルミンの心不全患者への投与は禁忌とされている。しかし、メトホルミンの心不全に対する有効性を示すデータは蓄積されつつある。今後、議論になる可能性がある。 心不全の持病を持つ2型糖尿病患者は、心不全治療は循環器科の医師、糖尿病治療は糖尿病専門医に任せるのは当然だが、それぞれの医師に自分が抱える持病をすべて伝え、最良の治療を選んでもらうことが大切だ。