モンゴルの象徴にして手頃な遊牧民の家「ゲル」が直面する“都市生活の壁”─国民のアイデンティティは生き残れるか
モンゴルの代表的なものとして真っ先に挙がるのは、遊牧民のテント型家屋「ゲル」だ。人口が急増する首都ウランバートルでは、いまだに安価で設置も簡単なゲルに住む住民が少なくない。しかし市当局は、ゲル型住居の廃止に向けて動いている。 【画像】急ピッチで都市化が進むウランバートル 都市化するなかでも伝統的な住居ゲルに住み続ける人がいるのはなぜか。彼らはいま、どんな問題を抱えているのか。米メディア「ブルームバーグ」が取材した。 モンゴルの首都ウランバートルの人口増加は近年、他の東アジア諸国と比べても突出している。2000年時点で約76万8000人だった同市の人口はその後2倍以上に増え、いまでは340万人のモンゴル国民の半数がウランバートル在住者だ。 地方から都市圏へ生活を移すモンゴル国民が急増しているといっても、かつての遊牧生活と完全に決別したわけではない。拡大しつつあるウランバートルにやってきた新住民の多くは、半移動式家屋のゲルをいまも手放さない。そうしたゲル群の広がりは、この街の景観の代名詞的存在となっている。 ゲル(国際的には通例、中央アジアのテュルク系諸語におけるユルトという呼称がもちいられる)はモンゴルの半遊牧民が古くから使用してきたテント型住居だ。手早く組み立てられるこの家は、牧畜生活から急速に移行しつつある新住民に、安価でお手軽かつ、彼らにとって親しみのある生活空間を提供してきた。 国際NGO「ピープル・イン・ニード」のモンゴル部長を務めるムンギーシュ・バトバートルは、幼少時にゲルで生活を送っていた。「ますます強く認識するようになったのは、モンゴルのアイデンティティを示すたったひとつの工作物があるとすれば、その筆頭候補にゲルは確実に入る、ということです」 だが、ウランバートル郊外のゲル群が今後どうなるかの見通しは依然としてはっきりしない。郊外型ゲルの急増により、環境面と行政面で大きな懸念に直面するウランバートル市当局は、ゲルを段階的に廃止してアパートに建て替えたい意向を示している。 一方、ムンギーシュを含むNGOやゲル地区の住民は、ゲルの持つ特徴的な住居デザインを維持したまま、現代社会から求められるニーズに合わせて適宜修正を加え、共存する道を探っている。いずれにせよ、ゲルと、都市型ゲルの存在のあり方には根本的な変化が迫られるだろう。 「そもそもゲルは、都市生活向きに造られた家ではないのです」とムンギーシュは言う。