『グラディエーター』気高き剣闘士の物語はいかにして生まれたのか
ハンス・ジマーが求めた視覚と音の関係
ポストプロダクションにおいて監督は、編集と音楽のコントロールをより緻密なものにした。スコットは『G.I. ジェーン』に続いて編集をピエトロ・スカリアに依頼し、彼と協力しながらストーリーを作り上げ、お互いの関係は監督のキャリアにおいて重要なものとなった。 さらにスコットは2つのポストプロダクション行程が互いに流れ合うよう、編集室を作曲家ハンス・ジマーの作業ルームと同じ建物に移した。ジマーは『ブラック・レイン』(89)の音楽で監督の映画に参加し、『テルマ&ルイーズ』(91)ではスライドギターの印象的なテーマ曲を提供した。ジマーは頻繁に『グラディエーター』のセットを訪れ、視覚と音のシームレスな関係を追求していった。冒頭のゲルマニア戦役では、戦闘の攻撃性と陶酔感を引き上げるよう、ワーグナーへの肉薄やホルストの響きを可能な限り引用し、訴訟問題にまで発展した。 またジマーは、マキシマスが広原を歩く夢の最後のシーンを冒頭に持ってきて、哀愁ただよう弦楽器に合わせることを提案した。それは編集のスカリアも同意とするイメージ挿入で、「マキシマスが兵士から英雄へと歩む旅」という意味を暗喩していたからだ。「映画が男の内面から始まり、そこから彼の外殻が見えてくる」とスカリアは振り返る。こうした演出と編集、そして音楽の緊密な連帯感こそが、本作の大きな成果といえるだろう。 こうして完成した『グラディエーター』は大ヒットとなり、リドリー・スコットのキャリアにおいて最大の成功を収め、延いては全世界で4億6,500万ドルを売り上げた。そして映画は第73回アカデミー賞で12部門にノミネートされ、衣装デザイン賞、録音賞、視覚効果賞を含む5部門でオスカーを受賞した。主演男優賞に輝いたラッセル・クロウは壇上で家族やキャスト、スタッフ、プロデューサーなど多くの人に感謝し、ひと呼吸おいてこう述べた。 「私の受賞は1人の男のおかげだ。その人物の名前はリドリー・スコット」 スコットは惜しくも監督賞を逃したが、『グラディエーター』は作品賞に輝いた。そしてデヴィッド・フランゾーニを含む製作者たちが舞台に上がってスピーチをしたとき、スコットは座ったまま、満面の笑顔で栄光に浴していた。あたかもその表情は戦いから解放され、満足げな顔で横たわったマキシマスのように。 参考文献・資料: Douglas Bankston, Gladiator: Death or Glory“american cinematographer”May 05,2000 Ian Nathan”Ridley Scott: A Retrospective”(Thames & Hudson Ltd) グラディエーター:リドリー・スコットの世界(亀山太一/訳 フォーイン刊) 文:尾崎一男(おざき・かずお) 映画評論家&ライター。主な執筆先は紙媒体に「フィギュア王」「チャンピオンRED」「映画秘宝」「熱風」、Webメディアに「映画.com」「ザ・シネマ」などがある。加えて劇場用パンフレットや映画ムック本、DVD&Blu-rayソフトのブックレットにも解説・論考を数多く寄稿。また“ドリー・尾崎”の名義でシネマ芸人ユニット[映画ガチンコ兄弟]を組み、TVやトークイベントにも出没。 Twitter:@dolly_ozaki (c)Photofest / Getty Images
尾崎一男(おざき・かずお)