人件費高騰がインフレを起こしている? 経済低迷の真の要因とは? データと企業事例から解き明かす日本経済のリアル【書評】
メディアやネットには、労働人口減少による人手不足やGDPランキング低下など、日本経済の先行きに関するネガティブな情報が溢れている。年金受給額の減少や、医療や介護業界の課題など、将来を不安にさせるニュースも次々とタイムラインに流れてくる。しかし実際のところ、日本経済は今どういう局面にあるのかということに、しっかり向き合っている人はどれだけいるだろうか。
本書『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』(坂本貴志/講談社)は、そんな日本経済の今と未来というテーマに、多くの人にとって身近な「労働」を軸に迫っていく1冊だ。著者は、厚生労働省での業務や内閣府の官庁エコノミストなどに従事した後、現在はリクルートワークス研究所研究員・アナリストとして活躍する坂本貴志氏。労働市場の分析を専門とする著者が、人材の需給や賃金の動向、人々の働き方などに関するデータを起点に日本経済をひもといていく。 本書はまず、労働市場やGDPなどに関するデータをもとに、人口減少経済である日本経済の「10の変化」を伝える。給与が上がり始めている理由や、経済低迷の本当の要因、人件費高騰が企業や物価に与える影響について、データを根拠にわかりやすく解説。不本意な非正規雇用が減っていることや、労働時間の減少もあり実質的な時給が上がってきていることなど、メディアではあまり取り上げられない意外な日本の変化も明らかにする。 その上で著者は、日本企業にはこれから、給与水準を上げながら生産性を高めていく取り組みが求められると語る。そして、建築、医療、運輸など、人材不足が特に問題視される業界における、生産性向上の先進的な企業の取り組みを紹介する。AIやロボットとの協業による省人化や、働く人の負担軽減などの施策の数々に、未来に向けて変わっていこうとする企業の思いと、日本経済の可能性を感じる。 中でも、倒産寸前だった神奈川県の老舗旅館が、デジタル化や従業員の働き方の見直しを通じて復活した事例は興味深い。自動車メーカーの元エンジニアが家業の旅館経営を引き継ぎ、浴室のタオルの残数をセンサーでチェックする等のIoTの仕組みや、必要なタイミングでスタッフが業務に効率的に従事できる体制の構築、完全週休3日制などを導入。パソコンに不慣れな従業員も多い中、彼らの不平不満に耐えながら常にシステムを使いやすく改善し、経営改革を行ったストーリーは読み応えがある。 データに基づく日本経済の実情と、変化を受けて大胆にチャレンジする企業の事例に続く最終章では、日本経済の未来を予測。外国人労働者の受け入れや、地方経済の問題、少子化対策などについて、著者は具体的に提言。そこには、企業経営者だけでなく、働く人や、消費者としての立場にとっても有益なアイディアが多い。一部の報道や論調に左右されることなく、さまざまな情報にアクセスしながら、自分の頭で日本経済について考えていくことの大切さも伝える書籍だ。 文=川辺美希