日本ホラー界の巨匠・黒沢 清監督インタビュー「怖いのかどうかハッキリしないそのイヤ~な感じが怖いんです」
人は恐怖の魅力から逃れられない…… 今また大ブーム!「こわ~いエンタメ」
話題沸騰の『変な家』が象徴するように、小説や映画はもちろんYouTube動画やSNS発の作品まで、今、再びホラーブームが来ています! そんな“ちょっとこわ~い”世界、一緒に覗きませんか?
日本ホラー界の巨匠 黒沢 清監督 LEEに降臨!
●黒沢 清 PROFILE 1955年、兵庫県出身。『CURE キュア』(’97年)で世界的な注目を浴びる。『回路』(’00年)、『トウキョウソナタ』(’08年)、『岸辺の旅』(’14年)がカンヌ国際映画祭で、『スパイの妻』(’20年)がヴェネチア国際映画祭で各賞を受賞。今年は『蛇の道』『Chime』も公開。
怖いのかどうかハッキリしないそのイヤ~な感じが怖いんです
今や“世界のクロサワ”と言えば、もちろん黒沢清監督。ホラー映画は芸術として評価されにくい定説を覆し、名だたる映画祭で多数の賞を受賞。手がけるジャンルも多岐にわたりますが、作品ごとに“怖さの種類や質”が異なるのがまたスゴイ! 新作『Cloud クラウド』でもまた、イヤ~な汗をたっぷりかかせてくれます。 「日本では作られることの少ない、シンプルなアクション映画を作りたかったんです。ただ暴力団や警察ではない普段は暴力沙汰とは関係のない普通の人たちが、いつしか殺(や)るか殺られるかの事態にエスカレートしていく。それとともに、どうしていいかわからずオタオタする、痛快さとはほど遠いアクション。それでも半ば狂ったように闘い続けるしかない状態は、実は戦争にも通じるのではと」 菅田将暉さん演じる主人公の吉井は少々悪徳な転売ヤー。監督は、“まじめな悪人”と評します。 「例えば、大量に買いつけた健康器具がすべて売り切れた瞬間、PCを見つめながら後ろめたさや不安を伴った、絶妙な喜び方をするのですが、それが本当にうまい。菅田さんは直感と計算の両方を持つ、非常に優れた俳優です」 吉井がかかわる人々との会話シーンも、皆どこかイヤな感じで、それが息苦しさにつながります。 「みんな普通に生きているのに、段々と隅に追いやられてムシャクシャしている。きっかけは些細なことなのに、ネットを通じて不満が拡張されていく。ただ決して悪人ではないので、あくまでも普通の反応をしてもらいました。普通の反応とは“ハッキリしない”こと。それがリアルなんです。往々に劇中の人物はハッキリした態度をとりがちですが、イエスかノーかハッキリしないだけで、得体の知れない感じになるんですね」 その含みが緊張感や怖さをもたらすのかと、目から鱗が落ちます。加えて吉井がふと振り返るような、小さな恐怖もきいています。 「ある程度は脚本に書いてますが、その怖さは現場でやらないとわからない。例えば前半、荒川良々さん演じる職場の社長が訪ねてきて、吉井が居留守を使うシーンを、僕はさほど怖いと思っていませんでした。ところが会いたくない人が段々近づき、居留守がバレたかもしれない吉井は本当に怖かったようで。菅田さんが本気でおびえ出したので、実は予定よりずっと長いシーンになりました」 一方、どこかユーモラスな空気が漂うシーンもあり、“恐怖と笑い”の関係性にも興味がわきます。 「どちらも日常から一瞬はみ出たもので、本当に紙一重です。異質なものが突然現れると、怖くもおかしくもなる。だから笑いに転がらないよう、慎重に“怖い”を提示します。決定打は“音”ですが、音で怖くするのは簡単なので、僕は可能な限り使いません。ドンと怖い音や音楽が鳴ると“怖がっていいんだ”と不思議と安堵もするんですね。でも、それがわからないのが真の怖さ。だから“怖くないフリ”をどこまで引っ張れるかがカギなんです。それを経た後でようやく確実に“怖い!”となるのが、一番優れたホラーだと思っています」 最後に、監督が本当に怖かった原体験を聞いてみました。 「やっぱり本当に怖がってる人が怖いのだと、幼少期の怪獣映画で強烈な印象に残っています。例えば『ゴジラ』の第一作は、ゴジラが漁村に上陸するんです。街やビルが壊されるのは実はそんなに怖くない。それよりも自分の家が壊され、人々が家財道具を背負って逃げ惑うのが本当に怖かった。そのリアルな恐ろしさが初期の怪獣映画で僕にしみついて、映画=怖くておもしろいもの、となりました」