星野源「心が静かな時しか書けない文章」 新作エッセイで見せた「心の内側」を聞く
■紙の書籍で残す意義 ――作中で、シンバル依存症について書かれていましたよね。どうしても「バシャーン」という音がほしくなって、物足りなさを感じてしまうと。お話を聞いていて、世の中はそういうもので溢れているのかもしれないなと思いました。なんとなく物足りなくて、脚色して演出してしまう。でも本当に大事なことは、派手な味付けがなくても物足りなさを感じなくなるところまで、突きつめなきゃいけないのかな、と。シンバルがなくても「Family Song」という名曲が生まれたように。 星野:難しいですよね。そういうのも、脳のしくみによるものじゃないですか。良かったものを味わった後にそれがなくなると欲してしまう。ドーパミンが出てくるのも自然な現象ですし。だから、自主的に立ち止まるための何かが必要なのかもしれないですよね。 ――星野さんの本も、その一つであると思います。 星野:ありがとうございます。最近、やっぱり紙の書籍もいいよなあって思っていて。以前は、インターネット上に残るものが長く残る気がしていたけれど、デジタルデータの寿命の方が全然短いみたいですし。紙なら何百年後も読める可能性がある。僕のことを知る人が一人もいなくなっても、どういう活動をしていたのか、知ってもらうことができますよね。僕が本を読むときは、どこへでも持ち運べる電子書籍であることも多いし、優劣をつけられるものではないけれど、少なくとも、紙の書籍で残す意義はあるよなあと思います。手元に残るという体験も含めて、心に残り続ける。それは、ただ「読む」ということを越えて、大事なことなんじゃないかなと思います。
立花もも