坂東巳之助、主人公を演じる『ゆうれい貸屋』舞台裏話【令和を駆ける“かぶき者”たち】
──2024年の1月に新春浅草歌舞伎の主要メンバーとしては最後の公演を迎えたわけですが、ご自身の学びや成長につながったターニングポイントのようなことはありましたか? 巳之助:僕にとって最後となった新春浅草歌舞伎では自分の演し物として『どんつく』という踊りをさせていただきました。これは何を上演するかという相談の際に、せっかく最後だしメンバー全員が顔を合わせる幕があれば、お客様にも喜んでいただけるのではないかと思って、僕から提案したものです。責任のある立場として、自身のことばかりでなくお客様や興行のことを考える視点というのは、浅草歌舞伎を通して養ったと言えるかもしれません。今回の『ゆうれい貸屋』も1時間半くらいで上演できるものというところから話が始まって、僕から提案させていただいたところ、実現しました。 他にも新春浅草歌舞伎に出演して勉強させていただくことはたくさんありましたが、それがどういう結果になって、どういう風に見えているのかは役者が自分で決めることではなく、ご覧になった方がどう思われるかということだと思います。
──今回の『ゆうれい貸屋』のポスターは文字の色合いがポップで、興味をそそられるビジュアルです。歌舞伎にはいろいろな作品があって、見方もそれぞれですが、今回はどういう意図でこのポスターを作られたのでしょうか。 巳之助: 歌舞伎を初めて観劇した感想で一番多いのは、“内容が全然わからなかった”ということだと思います。台詞が何をいっているのかがわからないし、何を演じているのかもわからないという声が多い中で、本作はおそらく8割の方が“とりあえず話はわかった”というところには到達できると思います。物語の内容を気に入っていただけるかどうかは好き嫌いもありますが、今回のポスターが初めての方の目にも留まって、“全然わからなかった”ではない歌舞伎観劇のスタートを切ってもらえたらいいなと思って作らせていただきました。 ──初日を迎えて 8月7日に楽屋にて取材 実際に開幕してから『ゆうれい貸屋』のおすすめポイントとして鮮明になったことがあれば、教えてください。 巳之助:改めて“夏”を感じるところが、大いにあると思いました。序幕ではゴロゴロと雷が鳴って夕立が降ったり、お祭りに浴衣を着たり、ひぐらしの鳴き声が聞こえたりと、どれも江戸の夏を感じさせてくれますし、今も昔も変わらない季節感を感じていただけるのではないでしょうか。2幕目は秋口になるので、虫の鳴き声もあって季節を先取りするという芝居の面白さも味わっていただけます。季節に合わせた芝居の雰囲気を感じてもらえたらいいですね。 ──『ゆうれい貸屋』は分かりやすく言うとどんなお店なのでしょうか? 巳之助:幽霊を貸すんですよ(笑)。それが山本周五郎さんの発想の面白さだと思いますが、今の時代でいえば、人材派遣みたいなものです。作品が書かれた当時から考えると、かなり時代を先取りしていると思いました。物を売ったり、貸したりするのではなく、幽霊とはいえ、人そのものを商売道具にして、個性のある幽霊を集めて、オーダーに応じて適した人材を派遣するということに、現代人は実感が湧きやすいのではないのでしょうか。屑屋の男性の幽霊、大人の女性や若い女性、そして老人という多岐にわたるジャンルの人材を揃えている派遣会社。設定としては面白く、分かりやすいと思います。 死んだとしても幽霊にはそれぞれの人生があって、人格が変わるわけでもないというところが、この作品の死者への独特な捉え方だと思います。死んだ人から、「何事も生きているうち」という言葉を聞いたら、そうなんだと納得せざるを得ないですね。 ──第二部では『髪結新三』で下剃勝奴を演じてみて、いかがでしたか? 巳之助:菊五郎劇団の人間としては、馴染みのある演目でもありますし、勘九郎さんが初役で念願の新三をなさるということで、“いいものを作りたい”という勘九郎さんの気持ちに乗りたいと思います。しっかりと『髪結新三』という作品の歯車の一つとなって、お客様に楽しんでいただける舞台を創る。これに尽きます。 坂東巳之助(BANDO MINOSUKE) 東京都生まれ。父は十世坂東三津五郎。屋号は大和屋。91年9月、歌舞伎座『傀儡師』の唐子で初お目見得。95年11月、歌舞伎座『蘭平物狂』の繁蔵と『寿靭猿(ことぶきうつぼさる)』の小猿で二代目坂東巳之助を襲名し、初舞台。2015年スーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』では存在感のある芝居で注目される。近年は2018年新作歌舞伎『NARUTO-ナルト-』、新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』などの話題作や新春浅草歌舞伎、八月納涼歌舞伎などでも活躍。映像のメディアにも出演し、NHK大河ドラマ『光る君へ』では円融天皇役を演じた。辺見学役で出演した映画『朽ちないサクラ』も上映中。 ©SHOCHIKU